日本の城探訪日誌

関東・東北・北陸地方を中心としています。

愛媛県の城館

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西条陣屋

 陣屋跡の西条高校に着く。高校前御門のに広い水堀が残っている。大手門脇に駐車、水堀・大手門・土塁・北御門の順に撮影した。

1 所在地 西条市明屋敷
2 遺構   大手門・北御門・土塁・水堀
3 掲示物  説明板・石碑・その外資料館有
4 ナビの設定 西条市明屋敷234(西条高校)
5 駐車場所  大手門向かって左側に駐車場有
6 概要 市指定史跡     寛永13年(1636)伊勢神戸から入封予定の一橋直盛が病死した為、長男の直重が3万石を継承して西条藩を立藩した。しかし子直興が改易となりいったん幕府直轄となったが、寛文10年(1670)紀州徳川頼宣の次男松平頼純によって再び西条藩が起こされ、明治に至っている。(小学館 日本の城より)

7 訪問日 2017年12月13日
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         高校前の水堀                     西条高校の正門となっている大手門
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       説明板と西条陣屋石碑                      西条藩邸跡の碑
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             土 塁                          修復された北御門
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湯築城

 宿泊先のホテルに車を預け、近くにある国指定史跡、日本100名城にも選ばれた湯築城へ行く、最初に最高所の展望台へ登る。遠く松山城も見えた。麓に降り、資料館を見学、料金は無料で、管理の二人のおばさんから説明を聞く。つぎに発掘に基づき復元された武家屋敷や高い土塁と内・外の水堀も残る城跡を巡り、温泉街をぶらぶらしながらホテルに戻った。

1 所在地  松山市道後公園
2 築城時期 建武年間(1334-1338)
3 築城者  伊予守護 河野通盛
4 種別    平山城
5 遺構    水堀・郭・土塁・復元武家屋敷外
6 掲示物   案内板・説明板・標柱・
 資料館では説明及びビデオ有・無料
7 ナビの設定 道後公園に設定する。
8 駐車場所  湯築城資料館の西側に駐車場有
9 概要   国指定史跡
 建武年間に伊予守護河野通盛が築いた。風早郡河野郡郷を本拠とした河野氏は以後、湯築城を居城として伊予を支配していたが、1585年(天正13)河野道直の時、羽柴秀吉軍の小早川隆景に降伏している。そして加藤嘉明が松山城築城時の際、石垣等を全て持ち去り、廃城となった。丘の周辺に二重の堀をめぐらせた平山城全体が道後公園となり復元区域には武家屋敷や湯築城資料館、土塁展示室が設けられ、見ごたえがある。                                              (小学館 日本の城より)
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10 訪問日 2017年12月12日
                       現地説明板抜粋 
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          湯築城近景                    丘陵広場(杉の壇・二の丸)
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        本壇(本丸)                      本壇 展望台より松山城を望む
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         内堀と内側土塁                    復元武家屋敷と外側土塁
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         武家屋敷内部                            外 堀
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            有名な道後温泉             道後温泉前には人力車数台が客待ちをしていた
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松山城 

 松山城跡下には有料駐車場が並んでいる。事前の調べておいたフ「ラワーパークお城下」にレンタカーを駐車、直ぐ近くのロープウェイ乗り場へ行く。城跡へはロープウェイとリフトの二通りの乗り物が用意されていた。城山の長者ヶ原に降りると直ぐに食事処「六実庵」と言うレストランがあり、名物讃岐うどんを食べる。「名物に上手い物なし」の諺があるが、こしが強く上手いうどんであった。ここでは見上げるような高石垣が聳えている。緑の服を着たボランテアの人が何人かおり、本丸へ向かう途中、カメラのキャッターをきってもらった。10分位で本丸に着く、シース゜ンオフで観光客は少ないが、寒くも無く、むしろ12月を選んだのが正解であった。天守の中へは入らず、本丸広場から駐車場へ戻った。次に県庁脇から一方通行を通り、二の丸の藩主居館跡へ向かう、二の丸の駐車場は無料で、本来ここから本丸へ向かうべきであった。全体に松山城は復元した建物も含め、訪れる人を感動させる素晴らしい城であった。
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1 所在地  松山市丸ノ内
2 築城時期 慶長7年(1602)
3 築城者   加藤嘉明
4 種別   平山城 132/100
5 遺構   安政元年再建天守・復元建物多数・石垣・本丸・二の丸・堀
6 掲示物  案内板・説明板・石碑
7 ナビの設定 松山市丸ノ内
8 駐車場所 お城下に有料駐車場多数。 二の丸駐車場 30台 無料
9 概要  国指定史跡
 松山城は標高132mの勝山山頂に所在する平山城である。関ケ原の戦いの功により、伊予正木城主加藤嘉明は20万石に加増され、松山城を築城する。寛永4年(1627)陸奥会津へ移封となり、替わって会津から蒲生忠知が入封したが、寛永11年(1634)嗣子なく断絶する。翌12年松平定行が15万石で入封、明治に至る。天守・櫓・門・石垣・堀が現存の外、昭和46年以降本丸の太鼓櫓・巽櫓・乾櫓・筒井門・良門・良門東続櫓・二の丸多聞櫓が復元された。本丸は桜の名勝である。   (江戸300藩・城と陣屋総覧より一部抜粋)

10 訪問日  2017年12月12日
   ロープウェー乗り場展示の松山城模型               松山城高石垣
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          戸無門                               筒井門
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             太鼓櫓                          隠門内側から
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            太鼓門                         本丸・左馬具櫓・中央天守
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  左 小天守・ 中央 天守・ 右 天神櫓                 乾櫓側
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            三の丸                       藩主居館跡の 二の丸多聞櫓遠景
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          二ノ丸黒門跡                       二の丸石垣
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   二ノ丸多聞櫓 ここから二の丸へ              多聞櫓内展示室の二の丸模型
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    二ノ丸 藩主居館平面表示                   二の丸 大井戸
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