|
1 所在地 愛知県小牧市堀の内 2 別 名 小牧城 3 種 類 山城 標高85m 4 築城時期 永録6年(1563) 5 築城者 織田信長 6 遺 構 郭・石垣 7 概要 小牧山(国史跡)に築かれた城。織田信長が美濃攻めの拠点とする為、築城し、本拠を清洲から移した。斉藤氏滅亡と共に信長は本拠を岐阜城に移すと一端廃城になった。天正12年(1584)徳川家康と羽柴秀吉の戦いで、家康は小牧の古城に本陣を構えた。現在山麓を取囲み、部分的に残る、土塁と空堀はこの時のものである。両軍痛み分けで合戦が終ると再び破棄された。 8 探訪写真 (撮影 1997年10月10日)
★ 小牧山城跡に建設された資料館 1 ★ 小牧山城跡に建設された資料館 2 |
愛知県の城館
[ リスト | 詳細 ]
|
1 所在地 愛知県名古屋市中区本丸1 2 別 名 蓬左城・揚柳城・柳ヶ城・亀尾城・鶴ヶ城・金城 3 種 類 平城 4 築城時期 慶長15年(1610) 5 築城者 徳川家康 6 遺 構 本丸・2の丸・西の丸・深井丸・石垣・櫓3・門1・堀・石塁・土塁 7 概要 国特別史跡 室町時代には那古野城といい、駿河今川氏の支城だった。のち織田信秀に攻略され、その子信長が清洲に移った後、一時廃城になった。慶長15年(1610)徳川家康が大阪城の豊臣秀頼を牽制する為、9男義直を尾張一国53万石に封じ、那古野城の大改修を命じた。天下普請により完成した。大2次大戦の空襲で焼失した。 8 探訪写真 (1997年10月11日)
★ 復元表門 ★ 重要文化財西南隅櫓 ★ 重要文化財西南隅櫓 ★ 重要文化財東南隅櫓 ★ 復元天守閣 ★ 大天守、小天守 ★ 旧2の丸 東2の門 ★ 2の丸 大手2の門 ★ 重要文化財 北西隅櫓(清洲櫓とも言う) ★ 清洲櫓の内部 |
|
1 所在地 愛知県犬山市犬山 2 別 名 白帝城 3 種 類 平山城 標高80m 4 築城時期 天文6年(1537) 5 築城者 織田信康 6 遺 構 天守閣(国宝) 7 概 要 織田信康によって築かれて以来、激しい争奪戦が繰り広げられた。織田信長は城主の織田信清を追い出し、犬山城を手中に収める事により、尾張を統一出来た。小牧合戦では織田信雄の重臣が配置されたが、羽柴方の池田恒興に攻められ、落城。関ヶ原の戦いでは城主の石川貞清が西軍に属していた事から東軍の攻撃にあい、落城している。江戸時代は、尾張徳川の付家老の成瀬氏が3万石で城主となり、明治を迎いている。 8 探訪写真 (撮影 1997年10月11日)
★ 天守への城道 ★ 国宝天守閣 ★ 天守閣 ★ 本丸隅櫓 |
|
1 所在地 愛知県岡崎市康成町 2 別 名 龍城 3 種 別 平城 4 築城時期 亨徳〜康徳年間(1455―59) 5 築城者 西郷澤正左衛門 6 遺 構 石垣・濠・井戸 7 概要 岡崎城は三河守護代西郷氏によって築かれたと言う。亨禄4年(1531)徳川家康の祖父松平清康が攻略してから以後、松平歴代の居城となっている。家康は今川氏が桶狭間の戦いで討たれた後、岡崎に帰り、以後浜松に移るまでの11年間在城した。家康が関東へ移封されると豊臣秀吉の家臣、田中吉政が入り、惣構えの堀を設ける。その後、関ヶ原の戦い後入った本多氏3により、近代城郭として完成した。(江戸300藩城と陣屋より) 8 探訪写真 (撮影 2000年11月3日)
★ 復元大手門 ★ 復元天守閣 ★ 復元多聞櫓 |
|
1 所在地 愛知県豊橋市今橋町 2 別 名 今橋城 3 種 類 平城 4 築城時期 永正2年(1505) 5 築城者 牧野古白 6 遺 構 堀・土塁・石垣 7 概要 吉田城は駿河守護今川氏親の意を受けた、三河の国人牧野古白により築かれたと言う。今川氏が衰退すると徳川家康が攻略し、永正7年(1590)重臣酒井忠次を入れた。家康が関東へ移封された後、入封した池田輝政により拡張整備されている。江戸時代は、中小譜代大名が入封、天守はあげられなかった。 8 探訪写真 (撮影 2000年11月3日
★ 復元隅櫓(入道櫓)1 郭内よりの撮影 ★ 復元隅櫓(入道櫓)2 |



