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1 所在地 一関市室根町津谷川竹野下(龍洞院を目指します) 2 築城者 及川氏 3 種 別 丘城 4 遺 構 郭・空堀・土塁 5 掲示物 城跡碑・説明板 6 ナビの設定 津谷川竹野下48に設定、到着したらさらに100m位進むと、城跡碑と説明板が道路沿いにありその場所から寺院への道へ入ります。(竹野下47の隣が城跡であるが当方のナビでは設定不能でした) 7 龍洞院駐車場 8 概 要 古城書上には城主及川美濃とあり、葛西真記録には津谷村として及川美濃次郎とあり、加藤文書によると、及川美濃は天正18年8月、深谷に於いて自殺を遂げている。(資料仙台領内古城・館) 9 探訪写真 (撮影 2010年10月10日)
★ 道路沿いの城跡碑 ★ 道路沿いの説明板 ★ 龍洞院駐車場より城跡へ進む。 ★ 本丸・高い場所は建物の跡? ★ 二の丸・藪でした。 ★ 本丸 ★ 城跡隣の龍洞院参道・右側が駐車場です。 |
岩手県の城館
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◎ 中世藤沢城 1 所在地 東盤井郡藤沢町字館山 2 別 名 柳ヶ館・亀井ヶ館・館山 3 種 別 山城 標高 220m・比高 80m 4 遺 構 中世藤沢城の遺構がよく残る。 5 概 要 町指定史跡 藤沢町並の北に聳える標高218.9mの山頂にあり、展望が利く、城域は東西250m、南北230もで、山頂部全体を利用している。東側で一部公園化され、駐車場、広場に造成されているが全体的に遺構の保存状態はよい。本丸(100×59)を中心に西に物見台(42×27)の機能を窺わせる郭がある。本丸の周囲には幅5〜7mの帯郭がまわっている。本丸の東端から堀切をもって郭を離し、3段の郭が南に突き出している。この郭もまた小規模な帯郭が廻っている。 仙台領内古城・館によると、伊達藩史には嘉慶元年(1387)築城開始、城主往古大野東人、中古高橋蔵人居住、その後岩渕近江守、江戸初期に新田惣三郎、元禄以降は奥山氏居館となる。城主として有名なのは、葛西家臣の岩渕氏からである。岩渕氏は関東武州岩渕出身、葛西氏に従い奥州に下向土着した。東山では大原、薄衣氏等と対立しながら大豪族にのし上がった (戦国人名事典) 岩渕近江守秀信 生没不祥 奥州葛西氏の臣で磐井郡藤沢城主、元亀、天正年間(1570〜1591)に勇名を謳われた。秀信の男信時のとき、天正18年(1590)に滅亡したと言う。 ◎ 江戸時代の藤沢所 《仙台藩奥山氏1,800石の館跡》 江戸時代には大町、新田等伊達氏の重臣が拝領、元禄11年(1698)奥山氏が1800石で拝領、明治まで居住した。奥山氏の居館は中世藤沢城の山麓に構えられ、方形に柴垣を巡らし、城下に面した東側には塀を儲け、大手門は折坂虎口で冠木門が構えらていた。現在は畑となっているが概ね旧態を保つ。特に中世の藤沢城の遺構がよく保存されている。 ◎ 藤沢城・藤沢所遠景(この城館は登っていません)
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1 所在地 一関市川崎町矢作(矢作観音他) ※ 矢作観音の所在地は地元の人から聞いたほうが分かり易いと思いました。 2 種 別 丘城 3 遺 構 郭・土塁 4 駐車場所 矢作観音前、住宅団地の路上 5 掲示物 矢作観音堂標柱のみ 6 概 要
風土記には館主不明としているが、口碑には矢作将監の居館だと言う。矢作観音は矢作氏の守護神と伝承されているがあばれ観音として近郊では有名である。(資料 仙台領内古城・館) 7 訪問写真 (撮影 2010年10月10日) ★ 東安寺側からの本丸周辺らしき最高所 ★ 東安寺側からの腰郭と思われる場所 ★ 矢作観音堂 ★ 観音堂から本丸方向への入口(土塁跡と奥への道がありました) ★ 館跡の畑(観音堂前付近) ★ 矢作館近景(帰路撮影) |
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《仙台藩泉田氏1,400石の館跡) 1 所在地 一関市川崎町谷作 2 別 名 泉館・泉田館 3 ナビ設定 川崎町薄衣泉館25(東安寺) 4 駐車場所 東安寺駐車場(集落入口に集落案内板もありました) 5 概 要 矢作館の西隣の高台、東安寺から川崎氏の屋敷にかけての一角が館跡と言われている。伊達藩泉田氏1,400石の館跡。中世城郭矢作館に隣接する山腹に設けた完全な屋敷地。周囲に柴垣をめぐらせていた。城下町に面した南側に塀を設け、大手門を開いていた。家臣の屋敷は周囲に分散、畑地、宅地となっている。(資料 仙台領内古城・館) ※ 福島県双葉郡浪江町に泉田古館(泉田城)に相馬氏に従った泉田氏がおり、薄衣の泉田氏との関係を調べてみたが、別系統で、この薄衣の泉田氏は藤原氏の流れで二階堂一族、泉田古城の方は平氏の流れで標葉一族でした。 6 訪問写真 (撮影 2010年10月10日)
★ 館跡と言われる東安寺 ★ 東安寺境内の泉田氏歴代諸侯慰霊碑 |
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1 所在地 一関市川崎町薄衣 2 別 名 米倉城・葛丸館・搦手館・古館 3 築城時期 建長5年(1253) 4 築城者 千葉胤堅 5 種 別 山城 標高 78.4m・比高 60m 6 遺 構 郭・土塁 7 掲示物 標柱・説明板 8 ナビの設定 地図に載っており、併せた。 9 駐車場所 国道189北上川沿いの採石場跡が駐車場となっています。 10 概 要 市指定史跡 薄衣の中心地から南へ1kmの北上川を望む丘陵突端に位置する。西に北上川、南は峻険な崖である。南450mに安養寺がある。本丸の西には標高58mの郭が物見台と伝わる。本丸の東側には50×60mの緩い壇のつく郭があり、更にその北側にも同規模の郭が平場を伴っている。本丸の南斜面に帯郭の土壇が発達している。本丸・物見郭の北面は自然の谷と採石採取場跡となって急峻な崖である。仙台領古城書き上げでは城主は千葉中務と伝えている。本城は千葉清村が康永2年に居住し、薄衣氏を名乗った。城跡には元亨2年(1322)の碑が残っている。 (岩手県中世城館跡分布調査報告書) 11 探訪写真 (撮影 2010年10月10日)
★ 採石場跡に駐車場と案内板があります。搦手口登山道は直ぐ近くです。 ★ 搦手道ここより登りました。 ★ 城道 ★ 二の丸標柱・櫓台跡のような場所に立っていました。 ★ 二の丸から本丸を見る。 ★ 説明板(本丸) ★ 本丸の標柱。 ★ 本丸からの展望・中央は北上大橋です。 |



