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2014年5月24日最後の訪問場所と思ったが、登り口が不明で登城はあきらめた。
1 所在地 栃木県塩谷郡塩谷町船生字清水裏
2 種 別 山城 標高360m・比高280m
3 遺 構 土塁・郭・石垣
4 ナビの設定 船生3660.船生小学校 小学校の裏山が城跡
5 概 要 船生小学校の背後、要害山なる小高い丘にある。雑木林の中にある為、全容を知る事は出来ないが、土塁、石垣が現存していると言う。当城は、観応2年(正平5・1351)上野那波荘で討死した宇都宮公綱の被官君島備中守平綱胤の居城であった。君島氏は慶長2年(1597)の没落までここに居住し、宇都宮氏に仕えた。(日本城郭大系抜粋)
左 船生小学校からの城山遠景。 右 小学校裏からの城山近景
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栃木県の城館
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所在地 栃木県日光市本町
元禄13年(1700)日光奉行所が設置され、寛政の改革後は日光奉行が日光神領の支配を一括して2万石余を支配する事になった。日光奉行所は天明6年(1786)と文化9年(1812)に火災にあっている。
幕末、奉行所の役人は80名足らず、八王子千人同心が50名であった。明治に入り奉行所の建物は知県事出張所として使用されたが、同4年に日光県が廃止されると宇都宮に運ばれ栃木県庁の資材になった。跡地に遺構は残っていないが、旧日光市は奉行所跡地を史跡指定第1号に指定し、記念碑を建設した。
訪問日 2014年5月24日
近世栃木の城と陣屋より抜粋した日光奉行所の情景
現在の日光奉行所跡
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所在地 栃木県日光市本町
所有者 輪王寺 栃木県指定史跡
本史跡は雄大な女峰山の東南麓、大谷川北岸に南面する栃木県指定有形文化財(健造物)釈迦堂の西側にあり、総数24基の墓碑がすべて釈迦堂本堂に東面して整然と並んでいる。これらの墓碑は江戸時代には前・中・後の3列で、前列5基が徳川三代将軍家光の殉死者5名の墓碑、中列(12基)と後列(7基)が初代将軍家康・二代将軍秀忠の譜代家臣の墓碑であった。しかし明治31年田母沢川支流の水を田母沢御用邸に引く用水工事のため、後列の7基が前列右側に移され、現在の2列になった。
訪問日 2014年5月24日
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田母沢御用邸記念公園について
所在地 栃木県日光市本町8-27
駐車場所 専用駐車場有 2時間 200円 入場料 大人1人 510円
敷地面積 39,390㎡〔11,900坪〕 造営時 107,000㎡〔32,500坪〕
建物面積 4,471㎡ 〔1,360坪〕 部屋数 106室
写真撮影 自由
訪問日 2014年5月24日
左 御用邸玄関。右 丁度この邸内では十二単衣展が開かれていた。
左 十二単衣展 右 紀州藩江戸中屋敷についての説明板。説明板はこの外にも掲示されていた。
左は邸内から撮影した中屋敷。 右は庭園からの中屋敷部分。
左 中屋敷の御寝室 右 中屋敷剣霊の間
以下中屋敷に使用された建具類(枠の漆部分は別らしい)
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