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昭和33年建設の模擬天守閣(撮影2000年11月3日) |
静岡県の城館
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1 所在地 静岡県掛川市城内 2 別 名 雲霧城・松尾城 3 種 類 平山城 標高65m 4 築城時期 明応6年(1497) 5 築城者 今川氏の家臣朝比奈泰煕 6 遺 構 2の丸御殿・太鼓櫓・石垣・水濠 7 概要 掛川城は今川氏親が家臣朝比奈泰煕に命じて、遠江支配の拠点として築かせたものであると言う。永録11年(1568)年武田信玄に駿府を追われた今川氏真が、籠城する掛川城を徳川家康が攻略、家臣を封じた。家康が関東へ移封されると豊臣の臣山内一豊が入城、近代城郭に改修した。関ヶ原の戦いで一豊は、家康に掛川城を明け渡す事を申し出た事で土佐一国の太守となった。江戸時代には中小譜代大名がめまぐるしく入れ替わり、明治を迎いている。(江戸300藩城と陣屋より) 7 探訪写真 (撮影 2000年11月4日) ★ 復元大手門 ★ 復元大手門番所 ★ 太鼓櫓と復元天守閣 ★ 木造で復元した天守閣 ★ 2の丸御殿門 ★ 2の丸御殿 ★ 城内に展示の掛川城模型 |
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1 所在地 静岡県静岡市駿府城公園 2 別 名 府中城・静岡城 3 種 類 平城 4 築城時期 長亨2年(1488)・天正14年(1586) 5 築城者 今川氏親・徳川家康 6 遺 構 石垣・濠 7 概要 室町時代には駿河守護今川氏の居館があった。その後徳川氏が駿府城を築き、浜松より移ってきた。家康は関東に移封されるが、関ヶ原の戦い後異母弟内藤信成を城主に据えるが、慶長12年(1607)天下普請により自らの隠居城とした。その後家康の10男頼宣と徳川秀忠の3男忠長が城主になったが、忠長改易後、慶応4年(1868)徳川宗家当主、家達が入るまで幕府の城代が在城し、その数42名に及んでいる。 (江戸300藩、城と陣屋より) 8 探訪写真 (撮影 2000年11月4日)
★ 復元巽櫓と東御門 ★ 東御門内側より ★ 巽櫓内より東御門を撮る ★ 発掘された2の丸水濠 ★ 発掘された本丸内濠 |
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◎ 駿府城内(西会場) (撮影・両会場共 2000年11月4日) ★ 安土城天守閣 ★ 豊臣大阪城天守閣 ★ 駿府城天守閣 ★ 駿府城、寛永年間消失天守閣 ★ 東御門の鯱 ★ 駿府城下模型 ◎ 静岡駅前(東会場)
★ 薬医門 ★ 御殿 ★ 隅櫓と東一の門 ★ 北大手門と望楼 |
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