|
この城跡は遺構の範囲が分かりずく、城跡公園の石碑のみ撮影して来た。
1 所在地 海津市海津町高須(城跡公園)
2 築城時期 元禄13年(1700)
3 築城者 松平義行(尾張藩主徳川光友次男)
4 概要 尾張藩支藩 3万石
5 ナビの設定 海津市高須町404(高須小学校)又は本丸跡の高須町11-1(高須明誠高校)
6 訪問日 2018年4月23日
城跡公園に立つ関ヶ原の戦いと高須城等の説明板 城跡公園の高須城跡碑(奥は高校)
|
岐阜県の城館
[ リスト | 詳細 ]
|
ナビの設定が悪く城跡の小学校を見下ろす堤防上に着いてしまった。感覚で今尾小学校へむかった。学校前に今尾こども園と言う保育園があり、その前に駐車場があった。そこから小学校を見ると入口に今尾城と竹腰氏と今尾城と関ヶ原の戦いの説明板が立っていた。石碑もあると言うが、結局説明板の周辺を撮影今尾城を終えた。
1 所在地 海津市平田町今尾
2 築城時期 元和5年(1619)
3 築城者 尾張藩付家老 竹腰正信
4 慶応3年の城主 竹腰正旧 尾張藩付家老 3万石
5 ナビの設定 海津市平田町今尾4434(今尾小学校)
6 駐車場所 小学校駐車場を借用する。
7 概要 市指定史跡
元和5年尾張藩付家老竹腰氏が揖斐川東岸に近い戦国時代の今尾城に陣屋を築く、明治元年諸侯にら列し、今尾藩とするが、間もなく廃藩となった。城門(市指定文化財)が今尾2982西願寺山門として移築されている |
|
橋を渡って丘の集落へ登り、神社前から右折、間もなく更に丘の上左手に高い石垣のある場所を左折する。着いた所が広い歴史資料館の駐車場である。資料館北側に西高木家の屋敷跡があり標柱が立っていた。最後に東下の東高木家周辺を撮影し次の今尾陣屋へ向かう。
1 所在地 大垣市上石津町宮
2 別名 多良城・多羅城
3 築城者 高木氏
4 石高 最初1,000石・後2,300石
5 遺構 石垣・土塁・曲輪・長屋門・屋敷・井戸
6 掲示物 案内板・石碑・標柱
7 ナビの設定 上石津町宮237-1(上石津郷土歴史館)
8 駐車場所 歴史館駐車場
9 概要 国指定史跡
資料館の北側にあるのが西高木陣屋、東下が東高木陣屋、北下が北高木陣屋跡。西高木陣屋が遺構が良く残る。
10 訪問日 2018年4月23日
西高木陣屋長屋門 西高木陣屋埋門跡
東下 美の衆陣屋跡の碑 同 高木三家入郷の碑
|
|
訪問日 2018年4月23日
主戦場 石田三成家老 島左近の陣地
島左近の陣地 石田三成の陣地登口
笹尾山 石田三成陣地 石田三成陣地の碑
関ヶ原古戦場とその主戦場 小早川秀秋陣地の松尾山
石田三成陣地跡の説明板一部抜粋
|
|
関ケ原町に入ると「この町まるごと古戦場」の標語が目立つ、観光案内所には主な武将の観光案内コースが掲示されていた。案内板に従って最初に主戦場へ向かう。ここは駐車場が無いので、路上駐車、遠くに登旗が見えたので、近くへ行くと石田三成の陣地であった。朝食前のウォーキングの人達が通り過ぎる。関ケ原古戦場の最後は石田三成の陣地から合戦場を俯瞰、小早川秀秋の陣地、主戦場の場所を確認した。
訪問日 2018年4月23日
徳川家康コース
島津義弘コース
黒田長政コース
福島正則コース
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用



