日本の城探訪日誌

関東・東北・北陸地方を中心としています。

秋田県の城館

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浜館

 今回の秋田県城館探訪の予定ではなかったが、かねて気にしていた館跡であり、最後の訪問地とした。館跡は浜館公園となって桜の名所である事も初めて知った。良く整備された公園で自販機・トイレ完備である。駐車場から主郭迄一巡り、桜は散り始めと言っても未だ見頃、本日は日曜日、来場者の多い事が予想される。

1 所在地 由利本庄市西目町出戸字館
2 現状  公園
3 別名   西目館
4 築城者 由利仲八郎正春
5 築城時期  応永4年〜応仁6年(1291〰1298)
6 遺構   郭
7 行き方  近くの国道47号に案内板有
8 駐車場所 公園駐車場有・自販機・トイレ有
9 概 要  築城は由利政春と伝えられている。又由利政春は鳥海氏の急襲により落城し、居を鳴沢館に移したと言うが、記録なく詳細は不明との事。
10 訪問日 2016年4月24日
 駐車場は上下二ケ所に有、写真は上の駐車場           腰郭跡を通り展望台へ
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             展望台                  展望台より東側の主郭へ向かうと広場有り
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         子の奥が主郭                      主郭 はまのたて址の碑
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            主郭                         帰路撮影 駐車場からの眺望
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角館城その2

         主郭南端の櫓台跡                           城跡碑
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   仙北市指定天然記念物 姥桜                      四の郭にて
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        四の郭からの眺望                         五の郭
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      帰路は管理道路を下る                駐車場奥の二段の広場は居館跡では?
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角館城その1

 最初に角館城主であった葦名氏の菩提寺へ行く、その後角館城へ向かった。角館城は古城山城跡公園として駐車場も用意されている事は事前に知っていた。しかし公園入口と思ってカーナビを設定した場所が城跡の西側であった。折から桜が満開でびっくりするほどの人出である。市街地に近い駐車場は1,000円で、町営駐車場と離れた駐車場は500円であった。武家屋敷の桜見物もあり、西側再奥部の駐車場に停めた。そこから古城山へ向かった、公園登り口は南側である。登る道はは管理道路と登山の道がある。登山の道を選んだ。この道は降りてくる人は多いが、登る人は少ないようだ。ようやく着いた場所が二の郭跡で、東屋もある。主郭へ登る、姥杉なる老木や石碑も立っていた。帰路は車も通れるような管理道路をゆっくり下り武家屋敷街の桜見物もした。角館町の桜まつりは4月20日から5月5日迄とチラシにあった。この土日が満開で5月に入ると葉桜であろう。残念だったのは武家屋敷街の桜を撮影した時は空が曇で白く、青空のように写真が映えない事であった。

1 所在地  仙北市角館町古城山
2 築城時期 14世紀
3 築城者  菅氏?
4 種 別  平山城 標高166m・比高100m
5 遺 構  郭・空堀・
6 掲示物  石碑・標柱
7 ナビの設定 古城山公園南口に設定する。(南側に設定しておけば問題なし)
8 駐車場所 公園駐車場
9 概 要  応永30年(1423)城主が菅利邦の時、門屋城の戸沢家盛に攻め落とされる。以後戸沢氏が城主となった。天正18年豊臣秀吉の命で戸沢氏は角館城を除く領内35城の破却命令を受ける。戸沢氏は関ケ原合戦へは参加していないが、慶長6年(1601)徳川家康から上杉景勝の酒田城攻撃で゛軍功をたてた。その後小河4万石・松岡・鮭延6万石と転封、最後に新庄に築城、明治に至った。角館は佐竹義宣の弟、会津城主であった葦名盛重が10,054石を与えられて城主となった。元和6年佐竹氏は幕府の命令により角館城を破却した。
10 訪問日 2016年4月23日
 角館町上新町10に所在の葦名氏菩提寺天寧寺     天寧寺山門は角館城の門を移築した
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 葦名氏墓地 天寧寺と言う寺院は会津若松市にも有る。       葦名氏墓石
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        古城山城遠景                      登口 古城山の南側にある。  
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       登山道から登った                       着いた場所が二の郭跡
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       二の郭からの眺望                      二の郭が主郭へ向かう
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           主郭                         仙北市指定天然記念物 姥杉
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     主郭から二の郭を見下ろす                    主郭からの眺望
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門屋城

 秋田県最後の城館探訪地として県指定史跡のこの門屋城と、角館城を選んだ。道路沿いに説明板し石碑が立っていた。道幅も広く路上駐車とした。帰路確認したが。橋を渡ると駐車場も用意されていた。本丸跡の三嶽神社迄は遊歩道がついていたが、それ以外は特に道は整備されていなかった。本丸奥に進むと深い空堀が確認出来た。案内板に概略図もあり、県指定史跡の石碑も立派ではあるが、なにかものたりない門屋城跡であった。

1 所在地 仙北市西木町西明小山田
2 種 別 山城 標高140m・比高60m
3 遺構  郭・土塁・空堀
4 掲示物 石碑・案内板・道標
5 ナビの設定  ナビの画面から三嶽神社が確認出来た。
6 駐車場所 橋の袂に駐車場有
7 概 要 平安時代安部頼任の六男北浦六郎重任の居館であった。六郎は康平5年(1062)の厩川合戦で戦死した。横手盆地の清原氏への前線拠点であった。承久2年(1220)戸沢平九郎が門屋小館城から移ってきたらしい。戦国時代は戸沢一族の門屋嘉平衛が居住し、阿気野唐松峰の山合戦に対峙した。天正18年(1590)豊臣秀吉の命令で戸沢35城の一つとして破却された(日本城郭大系より抜粋)

8 訪問日 2016年4月23日
     道路沿いの案内板                      三嶽神社の鳥居 ここより登る
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       山林に着くと空堀有                     本丸跡の神社への道
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           三嶽神社                        本丸跡、神社前からの眺望
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奥へ進む、下草もあまり生えていないが、道も無い   深い空堀、ここまでが本丸、右は西郭
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     土塁空堀の土を盛って作った?           道なき為、門屋城の探訪は本丸で終える    
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夏井館

 門屋城へ向かっていたら夏井館の標柱を発見、神社も見えた。しかし参道は少し離れた民家の前を通るようなので、道路から館跡近景の写真撮影のみとした。


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1 所在地 鹿角市八幡平字夏井
2 種別  平山城 比高16m
3 ナビの設定 夏井121の北八幡神社に設定する。
4 駐車場所 路上
5 概要 鹿角四二館の一つで、夏井但馬(本名安保氏)の館であろうとしている。
6 訪問日 2016年4月23日




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