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「宗教は戦争の原因になってきたから、宗教なんてないほうがいい」と言う人がいる。世間ではそれが通説になっているようだが、とても賛成することはできない。
私はそんな主張をする人に遭遇すると、こう返事をする。「国家の名のもとに戦争が行われてきたから、国家なんてないほうがいい、という理屈ですね。あなたはアナーキストですか?」と。
それよりも重大な問題は、「本当に宗教は戦争の原因になってきたのか」という点だ。戦争する人たちがそれぞれの宗教を持ち出して結束しようとするのは当然だが、本当に宗教そのものが原因となった戦争の例があれば教えてほしいものだ。絶対にないとは言わないが、かなり少ないはずだ。
悪名高い十字軍も、エルサレムへ向かう巡礼者のために軍隊を駐屯させて安全を確保しようとしたのが本来の目的だった。その目的を忘れ私利私欲に走った十字軍兵士が暴虐の限りを尽くしたのは周知の事実だが、それを知った教皇(ローマ法王)は仰天し激怒したという。
思うに、冒頭のような発言をする人は、「宗教は愛や道徳を説いているのに、どうして争うのか」と感じているのだろう。その感覚は間違っていない。とはいえ、考えてみてほしい。ある宗教が善いことを教えているとしても、信者が教えに背いて悪事を働くことはあるはずだ。
むしろ、信者が一人も教えに背かない宗教なんてあり得ないのではなかろうか(もしもあるとすれば、その宗教は信者をマインドコントロールしているに違いない)。それに、教えに背いて悪事を働く信者の罪を、悪事を禁じている宗教に負わせるのはお門違いというものだ。
もちろん私は「すべての宗教は善いものだ」などと言うつもりはない。悪い宗教もたくさんある。ただ、宗教は公正に判断されるべきだと思っている。宗教に信者の悪事を止める力があると考えるなら買いかぶりすぎだし、だからといって宗教が無意味だとも言えない。結局のところ、宗教の良し悪しは、その宗教が何を教えているかによって判断するしかないのだ。
追記 過去数十年間の紛争を分析して、その原因を調べた公的レポートがあるそうです。ほとんどは石油など経済上の利権争いが原因らしいです。詳細が分かり次第、別な記事に書こうと思っています。
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