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キリスト教ってなに? カトリックって、どんなもの?
クリスマスや結婚式といった外面的なイメージはあっても、カトリックの教義(ドグマ)を知っている人は少ないようです。
けれども、キリスト教がどんなものかを判断するためには、キリスト教とは何なのか、何が正しく何が正しくないと主張しているのか、といったことをまず聞いてみないことには始まりません。
このコーナーでは、キリスト教がどんなことを教えているのかを簡単にご紹介していこうと思っています。
教会には、救いに関する重要な真理(信仰箇条)をまとめた文章がいくつかあります。
ひとつは「使徒信経」といい、短くまとまった信仰宣言です。もうひとつは「ニケア・コンスタンチノープル信経」といい、学問的な内容を美しい言葉で簡潔に表現しています。この信経はカトリック教会のミサで信仰宣言として使われています。
ここでは、使徒信経に沿って、適宜ニケア信経を参照しながらカトリックの信仰をご説明します。
使徒信経
我は、天地の創造主、全能の父なる天主を信じ、また、その御独り子、我らの主イエズス・キリスト、即ち、聖霊によりて宿り、童貞マリアより生まれ、ポンシオ・ピラトの管下にて苦しみを受け、十字架につけられ、死して葬られ、古聖所に降りて、三日目に死者のうちより蘇り、天に昇りて、全能の父なる天主の右に座し、かしこより、生ける人と死せる人とを裁かんために来たり給う主を信じ奉る。我は聖霊、聖なる公教会、諸聖人の通功、罪の赦し、肉身の蘇り、終わりなき命を信じ奉る。アメン。
ニケア・コンスタンチノープル信経
我は信ず、唯一の神、全能の父、天と地、見ゆるもの、見えざるもの、すべての造り主を。我は信ず、唯一の主、神の御ひとり子、イエズス・キリストを。主はよろず世の先に父より生まれ、神よりの神、光よりの光、まことの神よりのまことの神。造られずして生まれ、父と一体なり、すべては主によりて造られたり。主は我ら人類のため、また我らの救いのために天よりくだり、聖霊によりて、おとめマリアより御からだを受け、人となりたまえり。ポンシオ・ピラトのもとにて、我らのために十字架につけられ、苦しみを受け、葬られたまえり。聖書にありしごとく、三日目によみがえり、天に昇りて、父の右に座したもう。主は栄光のうちに再び来たり、生ける人と死せる人とを裁きたもう、主の国は終わることなし。我は信ず、主なる聖霊、生命の与え主を。聖霊は父と子とより出で、父と子とともに拝みあがめられ、また預言者によりて語りたまえり。我は一、聖、公、使徒継承の教会を信じ、罪のゆるしのためなる唯一の洗礼を認め、死者のよみがえりと、来世の生命とを待ち望む。アメン。
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http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/11879292.html
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