|
先日、教皇様のアンジェラスの話を書いたが、未信者だと何のことか分からない人が多いかもしれない。今回はこれを簡単に説明してみよう。
「アンジェラス(ラテン語の正しい発音ではアンジェルス)」とは、日本語で「お告げの祈り」と呼ばれるもので、カトリック信徒が、朝、昼、夕方の3回、毎日(復活節を除く)唱える祈りである。
略して単に「お告げ」ということもある。
冒頭の絵は、ミレーの有名な「晩鐘」。教会は「お告げの祈り」のために、午前6時、正午、午後6時に鐘を鳴らすのだが、この夕方の鐘を聞いて農民夫婦が「お告げの祈り」を唱えている情景が描かれている。
Angelusとはこの祈りの冒頭の語を取ったものだが、この綴りからも了解されるとおり、Angelusとはラテン語で「天使」という意味である。(もともとはギリシャ語で「使者」という意味、転じて「天のみ使い」即ち「天使」という意味になった。)
この祈りは、大天使ガブリエルが終生童貞なる聖マリアの前に現れて、神の子を宿すと告げる、いわゆる「受胎告知」の場面を黙想するものだ。
それによって、神が人類の救いのために人となったという偉大な神秘(「託身」あるいは「受肉」という)を讃え、また、終生「神のみ旨のとおりになるように」という謙遜と従順の精神に満ちていた聖母の徳に倣おうとするのである。
カトリックであれば毎日唱えているし、教会によってはミサの前か後に唱えることも多いので普通は暗唱しているのだが、知らない人のために一応掲載しておこう。
お告げの祈
V. Angelus Domini nuntiavit Mariæ,
R. et concepit de Spiritu Sancto.
V. Ave Maria, gratia plena, Dominus tecum.
Benedicta tu in mulieribus et benedictus fructus ventris tui Iesus.
R. Sancta Maria Mater Dei, ora pro nobis peccatoribus, nunc et in hora mortis nostræ. Amen.
V. Ecce ancilla Domini,
R. fiat mihi secundum verbum tuum.
V. Ave Maria...
R. Sancta Maria...
V. Et Verbum caro factum est,
R. et habitavit in nobis.
V. Ave Maria...
R. Sancta Maria...
V. Ora pro nobis, Sancta Dei Genitrix;
R. ut digni efficiamur promissionibus Christi.
Oremus.
Gratiam tuam quæsumus, Domine, mentibus nostris infunde: ut qui Angelo nuntiante, Christi Filii tui
incarnationem cognovimus, per passionem eius et crucem ad resurrectionis
gloriam perducamur.
Per eundem Christum Dominum nostrum. Amen.
V. 主のみ使いの告げありければ、
R. マリアは聖霊によりて懐胎し給えり。
V. めでたし、聖寵充ち満てるマリア、主御身とともにまします。
御身は女のうちにて祝せられ、御胎内の御子イエズスも祝せられ給う。
R. 天主の御母聖マリア、罪人なる我らのために、今も臨終の時も祈りたまえ。アメン。
V. 我は主のつかい女なり、
R. 仰せの如く我になれかし。
V. めでたし…
R. 天主の御母…
V. しかしてみことばは人となり給い、
R. 我らのうちに住み給えり。
V. めでたし…
R. 天主の御母…
V. 天主の聖母、我らのために祈り給え。
R. キリストの御約束に我らを適わしめ給え。
祈願
主よ、我ら天使の告げをもって、御子キリストの御託身を知りたれば、願わくはその御苦難と十字架とによりて、ついに御復活の栄えに達するを得んため、我らの心に聖寵を注ぎ給え。我らの主キリストによりて願い奉る。アメン。
教皇様のアンジェラスに話を戻すと、聖下は毎週主日(日曜日)の正午(イタリア時間)に、信徒と一緒にお告げの祈りを唱える。
この時に、短い演説というか教皇メッセージがあり、その内容は教皇の定期的な公式発言として世界中に配信されるのだ。(日本語でもラジオバチカンの日本語サイトで読むことができるが、全文ではなく、また主旨とは関係ない部分だけ掲載されることも多いのが残念。)
教皇聖下の動向に関心を持っているカトリック信徒はしばしばこれを話題にするのだが、部外者が聞くと大きな勘違いをしてしまうかもしれない。
「ねえねえ、この前のパパ様のお告げ、聞いた?」
などという会話を耳にしたら、何も知らない人は、キリスト教では教皇が神がかって天のメッセージを伝えているのか、などと思ってしまうかもしれない(んなわけないか)。
念のため繰り返すが、「お告げ」とは「お告げの祈り」のことであり、聖下が毎週トランス状態になっているわけではない。誤解のないように。
|