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ミサで主祷文を唱えた後に、「Ritus pacis 平和の儀」と呼ばれる部分があります。
教会に平和が与えられるよう願い求めた後で、「平和の挨拶」が交わされます。
司祭 Pax Domini sit semper vobiscum.(主の平安が常に汝らと共にあらんことを)
会衆 Et cum spiritu tuo.(また汝の霊と共にあらんことを)
助祭 Offerte vobis pacem.(互いに平和を与えよ)
ここで一同は互いに平和と親愛を表します。国によっては、握手したり抱き合ったりすることもあります。
しかし、今の日本では、
司祭 主の平和がいつもみなさんとともに
会衆 また司祭とともに
司祭 互いに平和の挨拶をかわしましょう
ここで会衆が合掌して「主の平和」と唱えて司祭に一礼し、続いて前後左右の人たちにも同じく、「主の平和」と唱えながら合掌して一礼しています。
きっ、きもい・・・。
あのねぇ。
「合掌して相互に一礼」ってねぇ。ここはタイじゃないのよ。
日本でそんな仕草を見たのはお寺さんの見学に行った時くらいだぞ。
日本式のミサ式次第を作った人たちは、何としても「西洋的な仕草」なるものを典礼から排除して「日本独自の典礼」にしたかったんでしょうけれども、正直なところ日本に「合掌して一礼」はなじまないような気がしますね。
一部の仏教徒には違和感ないかもしれないけれど、一般人から見て異様としか言いようがない。普通に会釈すりゃいいのに。
言っておくと、カトリックでも「合掌」するのは普通です。日本だけでなく世界中で。
司祭はミサ中に何度も合掌しますし、一般信徒も祈る時に合掌します。
何より、聖体拝領の時。
ひざまずいて(もしくは立ったまま)、合掌して口を開け、司祭の手からキリストの聖体を口に受けます。
これが聖体拝領の方法です。(合掌する代わりに胸の前で腕を十字に組むこともあります。なお、聖体拝領できるのはカトリック信徒で適切に準備をした人だけです。)
ただし、こういう「合掌」は「皺と皺を合わせて」と言うほどべったりと両の手のひらを合わせるとは限りませんし、親指をクロスさせることも多いようです。そこが「日本式(仏教式?)」の合掌と違う点ですね。
さて。
この「平和の挨拶」、より正確には「Offerte vobis pacem」という言葉とそれに続く「信徒が互いに平和と親愛を表す行為」、これは実は、本来ミサにはなかったものなんですね。今から40年ほど前の典礼改革によって導入されました。
それから40年、極東の日本では変な新興宗教と見まごうような気持ち悪い形式的な挨拶になってしまっているわけです。
「et cum spiritu tuo」が「また司祭とともに」という変な訳になっているのは措いておくとしても、日本で実践されている習慣は、ローマの規定だけでなく日本の典礼書注記で想定されていたことさえ逸脱してしまっているのでは、という疑問が浮かんできます。
次回はその点をもう少し見てみようと思います。
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「また司祭とともに」という訳についてはこちら(記事タイトル:「日本は無関係?」)
http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/22660590.html
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初めてミサの席についたとき、確かに、一瞬きょどりました(笑)
[ - ]
2006/3/19(日) 午前 1:13
平和の挨拶それ自体は古式ゆかしい素敵な習慣なんですけどねぇ…。日本のが変なんですよね、多分。
[ カトリック的。 ]
2006/3/19(日) 午後 9:14
握手をするのもいいと思いますがね・・・スペイン語のミサの時は皆さんハグしてます。親しみを感じます。
[ coc**i54 ]
2006/3/19(日) 午後 9:39
ハグもいいですよね! 古式に則れば、軽くハグして頬(確か右頬)を寄せるのだったと思います。今の教会の高位聖職者は互いの肩に手を置いていますね。
[ カトリック的。 ]
2006/3/19(日) 午後 10:16