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教皇(ローマ法王)ベネディクト16世がイスラム教を批判したとして世界中でニュースになっています。
イスラム諸国では抗議の声も広がっているとのこと。
ところがニュースを見てみると、教皇の発言そのものを読んだとはとても思えないものばかりで、むしろそういった歪んだ報道こそがイスラム教徒の怒りを煽っている観があります。
「宗教は互いに争うから困ったもの」などと訳知り顔でコメントする輩がおりますが、(そういう輩のレベルに合わせて?)メディアが「キリスト教vsイスラム教」という構図の報道をするものだから、それによって(それまで存在していなかった)宗教間対立がメディアの手で作り上げられているのではないでしょうか。
教皇がレーゲンスブルク大学で行なった講義の全文は下記サイトでも読めます。
(私はドイツ語は不得手なので英語訳を読みました。)
http://www.zenit.org/english/visualizza.phtml?sid=94748
これを読みますと、教皇がイスラム教を批判したという読み方はあり得ないことがすぐに分かります。
何しろ講義タイトルが「Three Stages in the Program of De-Hellenization」ですよ。
「脱ヘレニズム化」についての思想史の講義です。イスラム攻撃の演説なんかじゃないんです。
約50のパラグラフのうち、イスラム教に言及している部分は前半のごくわずかな部分です。
そこでは、この講義のテーマでもある「信仰と理性」の問題について述べる導入として、イスラム教の一部の神学が取り上げられます。
その中で、14世紀末のビザンツ皇帝マヌエル2世パレオログスの言葉が引用されているのですが、これが所謂「剣かコーランか」という暴力的布教(実は史実ではない)を暗示させる表現だったのです。
(とはいえこの引用の中でも、皇帝自身が、暴力的布教がイスラム教に直接由来するものではなく、一部のイスラム教徒の行動に過ぎないことをはっきりと認めています。)
報道を見ますと、この部分だけを文脈から切り離して取り出して、教皇がイスラム教を暴力的だと発言したかのように言われています。しかし、それはおかしなことです。
ここで教皇は信仰と理性とは対立しないという講義のメインテーマに入る準備として、14世紀末のビザンツ皇帝とペルシア人との対話における「暴力によって改宗させることは非合理的だ」という文章を引用しているに過ぎません。その文章が当時の一部の暴力的なイスラム教徒を指していたのは事実ですが、だからといって教皇ベネディクト16世がイスラム教を批判したことにはなりません。
事実、教皇は暴力的布教がイスラム教では実際には禁じられているという証拠として、コーラン2章(牝牛章)256の、「宗教には強制があってはならない」という言葉を引用しているのです。
マヌエル2世パレオログスの言葉を引用したベネディクト16世が軽率だったのでしょうか? しかし文章を読めばわかるとおり、教皇にイスラム教について何かを言う(ましてや批判する)気などなく、信仰と理性との関係について世間で言われている一つの類型を挙げただけの話です。
「教皇、イスラム教を批判」なんて記事を最初に書いたのは、一体どこのどいつでしょうかね?
その記者の読解力・論理性の欠如こそが批判されるべきでしょう。
そして(そういった報道を検証もせずに真に受けて?)、人々の敵意を煽ろうとしている連中も批判されるべきですね。
主が世界に平和をお与えくださいますように!
「汝らに平安を残し、我が平安を汝らに与う」と使徒等にのたまいし主イエズス・キリスト、偽りと謀計とによりて害をなさんとする者どもより、御身の聖会を護り、世界に平安を与え給え。アメン。
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