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不幸があると悩むのがお香典。
金額もさりながら、表書きをどうすべきか、宗教・宗派によって違うというのが困りものですね。
ただ一つ言えるのは、一部のマナー本やウェブページで見かける、
「カトリックの葬式では香典に『御彌撒料』と書く」という話は、
真っ赤な嘘 だということです。
確かに、「ミサ」があるのはカトリック ですし(プロテスタントにミサはない)、
信者が亡くなれば「葬儀ミサ」を行います。
けれども、「御ミサ料」という表現は重大な誤りです。
カトリックでは、神に関わるもの(聖職・儀式・祝福された物品など)を金銭で手に入れようとすることは
「シモニア(聖物売買)」という極めて邪悪な罪だとされています。
絶対的超越者である神の恩恵を人間的尺度で値踏みしようというのですから、これほどの
冒涜もないのです。
ですから、ミサに料金をつけることなどできません。
香典の表書きに「御ミサ料」と書いたからといってシモニアになるわけではありませんが、
受け取った御遺族を仰天させること間違いなしです。
(そもそも葬儀ミサは御遺族が神父に依頼して立てていただいているもの。
参列者がミサにかかる費用を負担しようなどというのは筋違いです。)
もともと香典は日本独自の習慣で、カトリックでは特に決まったルールはありません。
「御霊前」でも「御花料」でも、自由にすればよいのです(さすがに「御仏前」と書く人はいないでしょう)。
繰り返しますが、絶対に「御ミサ料」と書いてはいけません。
これだけはお気を付けください。
【参考資料】
「シモニア」の語源となったエピソード
シモンは、金を差し出して、「わたしが手をおく者はだれでも聖霊が受けられるように、その権威をわたしにも授けてください」と言った。そこでペトロは答えた。「おまえの金は、おまえとともに滅びよ。おまえは金で神の賜物を買おうと思っているからである」 (使徒行録8:18-20)
カトリックの教え
聖物売買とは、霊的なものを売買することです。…霊的善を占有し、その所有者または主人としてふるまうことはできません。霊的善の源泉は神だからです。神から無償でいただくことができるだけなのです。 (カトリック教会のカテキズム #2121)
教会法の規定
奉仕者は、権限ある権威者によって定められた奉納金のほかには、秘跡の授与のために何も請求してはならない。 (カトリック新教会法典 第848条)
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