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日本におけるカトリック教会は、もうほぼ絶滅していると言っていいでしょう。
主日のミサに来ている人をご覧なさい。
中高生、大学生、あるいは社会人でも20代、30代の人がどれだけいるでしょうか。
来ているのは60代以上の方ばかりですね。
もしもその世代の奉仕(これにはただ感謝です)がなければ、たちまち小教区の運営・維持の実務は立ち行かなくなってしまいます。それくらい、教会は高齢世代に依存しています。
第3回臨時シノドスの事前アンケートに対する司教協議会の回答(2014年1月15日付)では、
教会を老人たちのたまり場、と見ている若い人たちもいる。 (7ページ)
という自嘲的な記述も見られます。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/doc/pontifical/synodus/synodus14th/res_jpn_sp3.pdf
お年寄りの皆さん、お元気ですし信仰にも熱心です。
まともな信者からすれば「?」と思うような「キリスト教講座」であっても、せっせと出かけては、ありがたーい「学問」を付けてお帰りになります。
(神的な真理が一個の公会議を境に変わって善悪が正反対になる、なんて茶番には疑問をお感じにならないようで)
まァ仕事があるからと掃除や事務といった小教区の用事にはまったく参画していない現役労働世代の私なぞが、ナマ言えた筋合いではないのですけれども。
世間では、社会福祉政策などで高齢者層が下の世代を搾取していても投票者数で負ける若年層が太刀打ちできない、なんて言いますが、よっぽど高齢化の進んでいる日本のカトリック教会は見事なモデルケースじゃないでしょうか。
若い世代は荘厳なミサを求めているのに、老人たちは口語体の・格式ばらないミサを望んでらっしゃいます(それが第2バチカン公会議からずれていることはご存じないようです)。
半可通の若者が正統信仰を擁護して、小教区のおかしな習慣に疑念を挟もうものなら、袋叩きにあうこと必定です。
なにしろ、今でも教会に愛想をつかさずに残っている老人というのは、60〜90年代の破壊的なムーブメントをものともしなかった強靭な精神の持ち主、というかそれに順応できちゃった人たちなわけで。
最強ですよね。
きのうきょう生まれた純朴無学なヒヨッコが太刀打ちできようはずもありません。
今の世代はインターネットのおかげもあって世界中の正統信仰と触れることができますが、それと比べると高齢世代の信者は、自分たちが正統信仰からも世界のメインストリームからも離れてしまっていることに気づきにくい、ということはあるでしょうね。
今の教会の多数派を占めている世代が退場する2〜30年後には、日本のカトリック教会は壊滅状態になるわけです。(牧者たちが、主の前でその責任をあまり厳しく問われませんように!)
その中で信仰を保っていくのは、必然的に少数の真に正統的な信者だけになるでしょう。
日本の福音化という観点からはそんな事態は決して朗報とは言えますまいが、日本でも正統的な信仰者が少しでも生きやすくなるならまだしも良しとすべきか、と思う今日この頃です。■
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「カトリック的」さん
こんにちわ。
「60〜90年代の破壊的なムーブメントをものともしなかった強靭な精神の持ち主」というところで、顔が思い浮かぶ人がいっぱいでてきて苦笑いしてしまいました。貴ブログにお教えいただけることや共感することが大変多く、是非、拙ブログにリンクさせてください。
お許しをいただけましたら幸いです。
[ カトリ ]
2015/7/11(土) 午前 6:19
カトリさん
コメントありがとうございます。決して世代間対立を煽る意図はないのですが(正統的な高齢者も、異端的な若者もいる)、教会の誤ったありようを修正していくのはなかなかに困難でありますようで…。
ご遠慮なくリンクなすってください。今後ともよろしくお願いいたします。
[ カトリック的。 ]
2015/7/13(月) 午後 8:20