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筆者はテロ、暴力による言論封殺を断固として非難する。
一方で『Charlie Hebdo』を擁護するつもりもない。同紙はイスラム教だけでなく、キリスト教・カトリック教会をも攻撃対象としてきた。かなり左派寄りだそうだから、「宗教は阿片」とバカの一つ覚えみたいに盲信しているのかもしれない。
「キリスト教=西洋」という誤解
さて興味深いことに、インターネットでは、『Charlie Hebdo』の風刺画を批判して「これだから欧米人は傲慢だ、キリストやマリアが侮辱されたら自分がどう感じるのか思い至らないのか」といった意見が散見された。
これはまったく的外れなコメントで、先に述べたとおり同紙はキリスト教をも同様に冒涜してきたのである。
どうやら多くの日本人(知識人を含む)は、「キリスト教は西洋の宗教」という間違った固定観念にとらわれているのか、「キリスト教徒」と「西洋人」とを区別して考えることができていないようだ。
当ブログでも時々「キリスト教は南米などで酷いことをしたくせに、愛や寛容などちゃんちゃらおかしい」といったご意見を頂戴することがあるが、まさに西洋とキリスト教とを混同した典型例といえよう。
キリスト教が欧州に広まった事情
筆者はカトリックの日本人として、時々こう思うことがある。
中東に生まれたキリスト教が欧州で広まったのは、白人に倫理規範を与えることで、彼らが人類に与える害を少しでも軽減させるための、神の計らい(摂理)だったのではないかと。
また、教皇や司教たちの多くが白人であるという事実は、我々が聖職者の権威に服するのは彼らが人間として優れているから(=個人崇拝)ではなく、彼らにたまたま付与されたキリスト由来の権能を敬っているのだ、という事実をより鮮明に示してくれているのではないかと。
そして、キリスト教徒たる白人たちが神の教えに逆らっておぞましい犯罪を繰り返してきたという歴史的事実こそが、キリスト教がいかに健全で、個人の自由意志を尊重しているかを示している。もしも教会が構成員を洗脳し、あるいは特定の行動を強要しているのであれば、そのような教会の意に反する犯罪は起きなかっただろうから。
神は、人間が善しか行えないロボットになることを望まれなかった。善悪どちらでも選択肢があり、それでも善を選ぶという自由な善い判断をよしとされるのである。
筆者は、我が国がその高度な文明にふさわしく、非科学的な迷信を早急に放棄してカトリシズムを受容すべきと考える者である。
ただ、前述のように、日本ではキリスト教に対する誤解(というか初歩的な知識の欠如)がまだまだ根強い。
「先の者が後になり、後の者が先になる」との福音書の言や、博識な三賢者よりも無学な羊飼いたちの方が先にキリスト降誕の場に導かれたという先例を鑑みるに、日本の回心にはまだまだ時間がかかりそうだ。■
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はじめまして。
今の時代、キリスト教が世界に広がった世界宗教の一つだと考えている人は多いと思いますよ。新興宗教を信じている人は多いのに、キリスト教が広まらないのは、その素晴らしさがアピールできていない、説得力が欠けているせいだと思いますよ。文化は、高いほうから低いほうに流れるのですから。
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2015/1/28(水) 午後 0:25