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イベント信者【いべんと・しんじゃ】
毎週日曜のミサには滅多に与らないのに、復活祭やクリスマスなど大きな祝日(しばしばミサ後にパーティーを伴う)、バザーやキャンプなどの行事には顔を出す信者を指す蔑称。
用例:
A君? あれは典型的なイベント信者だよ、都心で一人暮らししてるけど籍は地元のこの小教区に置いたままで、親御さんの話では社会人なのに維持費も払っちゃいないし都内でミサに行っているわけでもないそうだ。そのくせパーティーの時だけは必ずこの教会に来て、たらふく飲み食いして帰るんだぜ。恥ずかしくないのかな
解説:
神の十戒の第三戒に「汝、安息日(あんそくじつ)を聖とすべきことをおぼゆべし」とあり、公教会の六つの掟の第一には「主日と守るべき祝日とを聖とし、ミサ聖祭に与るべし」とあるとおり、毎週日曜と定められた日には仕事をせずミサに与る義務がある。
重大な理由がないのにミサを拝まないのは大罪である。
信仰は個々人の生き方の全局面に関わるものであって、気が向いた時だけ参加すればよい「サークル活動」のようなものではない。
その日ミサに行くか行かないかは自分で自由に判断すればよいと考えている者は、信仰というものについて根本的に思い違いをしているのである。
ところで、ここで誤解のないよう言い添えておくが、カトリック教会で出席率をチェックされるとか、周囲の信者から参加するよう無言の圧力がかかるとか、そういった新興宗教や一部のプロテスタント教団のようなことは、一切ない。カトリック信者にとって、そのようなことは思いつきもしないものである。
なぜならカトリックにおいて信仰実践は、日本の伝統宗教のような「家や地域のしきたり」ではなく、新興宗教のような「信者同士のつながり」でもなく、あくまで私自身が、信仰箇条を承認するか否か、それに従って行動するか否かという、「個人個人の救いに関わる問題」だからだ。
また、「カトリック(普遍的の意)」の名のとおり、カトリックであれば全世界どこの教会でもミサはまったく同一であり、主日にミサに与る義務は籍を置いていない教会でも果たし得る。それこそ毎週違う教会でミサに与ることもあり得るのだ。そもそもチェックのしようもないのである。
だからミサに行って誰とも話さずに帰ってくるなんてこともよくあることで、まったく驚くことではないのである。
(このように理知的・個人主義的なところが、カトリシズムが日本で広がらない原因かもしれない。)■
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はじめまして
ミサは興味あるのですが出席したことは一度もありません。
以前読んだキリスト教の入門書にミサは初めての人には
難易度が高い・・・とあったので。
機会があれば行きたいのですが。
[ ケニー鈴木 ]
2015/3/13(金) 午後 11:16