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カトリック的。
信徒数13億人でも日本では知られていないカトリック。正統キリスト教会を気楽にご紹介します。

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2015年11月29日から『ローマ・ミサ典礼書の総則』の日本における変更箇所が導入された件については、これまで何回か取り上げてきました。
今回は、本事案に関するバチカンの回答をご紹介します。


まずは、日本版の文言がラテン語規範版とどう変わっているのかを見てみましょう。


■ラテン語規範版
(翻訳はカトリック中央協議会による)

43 […]また、適当であれば、拝領後の聖なる沈黙の間にも座る。
 健康上の理由や、場所が狭かったり、出席者の数が多かったり、他の重要な理由がないかぎり、聖別のときにはひざまずくものする。しかし、聖別のときにひざまずかない者は、聖別後に司祭がひざまずくときに、深く礼をしなければならない。
 しかし、ミサの式次第に記されている動作や姿勢を法の規定に従って国民性や民族の正当な伝統に適応するのは、司教協議会の権限である。ただし、祭儀の各部分の意味と性格に適ったものとなるよう指示すべきである。
 会衆が、感謝の賛歌が終わってから感謝の祈り(奉献文)の結びまで、また、拝領前に司祭が「神の小羊の食卓に招かれた者は幸い」を唱えるときにひざまずくことを続ける習慣があるところでは、これは尊敬をもって保たれる。

 同じ祭儀において[…]


■日本の新しい『総則』
43
 […]また、適当であれば、拝領後の聖なる沈黙の間にも座る。
 日本では、聖別のときは、会衆は立ったまま手を合わせ、聖別の後、司祭ならびに助祭とともに深く礼をしなければならない。

 同一の祭儀において[…]


おわかりいただけたでしょうか。ローマの規範版では「聖別のときにひざまずかなければならない」とされている上、(日本でも習慣となっていた)奉献文の間中ひざまずいたり、「神の小羊の…」のときにひざまずいたりすることも「尊敬をもって保たれる」と指示しているのですが、日本版では完全に無視されています。


『総則』43条を盾にひざまずきを禁じることはできるのか?

いずれにせよ、神に対してふさわしい礼拝と敬意を表したいと考える人や、日本独自の意味不明な新方式よりも教皇様と普遍教会のルールに従いたいと考える人は、これまでどおりひざまずき続けることでしょう。
また、座ったままではなく立って敬意を示さねばならないのであれば、より深い敬意を示すひざまずきを行なうことは当然、より称賛すべきことだ、という議論も成り立ちます。

そこで問題になるのが、日本版『総則』の「立ったまま手を合わせ…なければならない」という、一見したところ非常に限定的に思える文言です。
はたしてこの文言は、ひざまずくという選択肢を排除するものなのでしょうか?


実はローマの聖庁は、既に2003年にこの件について回答を出していました(Notitiae 39 [2003], 533)。

原文
(ラテン語)
[…]per praescripta Institutionis Generalis Missalis Romani, n. 43, intenditur ex una parte praestare latis terminis aliquam uniformitatem habitus corporis in congregatione pro variis partibus celebrationis sanctae Missae, simulque ex alia parte non moderari habitum corporis ita rigide, ut qui velint genibus flexis sistere vel sedere non amplius ad id liberi sint.

日本語訳

[…]『ローマ・ミサ典礼書の総則』の規定を通じて、第43項は一面において、ミサ聖祭の各部における信者の姿勢について、幅広い余地を残したうえで幾らかの統一性を与えようとしているが、他方で同時に、ひざまずき、または座ったままでいたいと望む信者が自由にそうできないほど厳格に姿勢を定めようとしているのではない。


ここから明らかなように、ローマ教皇庁は信者の姿勢について広い自由裁量を認めており、『総則』を盾にしてひざまずきを禁止することはできません


ひざまずくことを知らないような信仰、あるいは典礼は、その核心において病んでいる ― J. ラッツィンガー(教皇ベネディクト16世)



参考・出典

・『ローマ・ミサ典礼書の総則(暫定版)』(カトリック中央協議会、2004年)
・Notitiae Responses http://notitiae.ipsissima-verba.org/
・ヨセフ・ラッツィンガー『典礼の精神』(浜田了訳、サンパウロ、2005年)


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