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ある枢機卿が、ミサの冒頭で司祭が「おはようございます」と挨拶する習慣に苦言を呈したとのこと。


ミサを始めるとき、司祭は十字架のしるしをして会衆に向かい、「主イエズス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが皆さんとともに」と挨拶し、会衆は「また司祭とともに」と答えます。
ところが、その直後に続けて「おはようございます」と言っている司祭が結構いるのです。

これはいかにも蛇足ですし、そもそも、キリスト者にとって「主がともにおられますように」という以上にふさわしい挨拶があるだろうか、というのが枢機卿の指摘です。

筆者も国内外の色々な所でミサに与ってきましたが、ミサ冒頭に「おはようございます」と言う司祭の方が、実感としては多いくらいですね。


思うに、そのような司祭は、ミサの式文は<空虚な形式>にすぎないと感じているために、別な言葉で挨拶を付け加えようとしているのでしょう。

2000年かけて磨き上げられた典礼文の奥深さ・豊かさを理解しないばかりか、定められた表現に心を込めようともせず、あたかも式文が無意味であるかのように振舞っているのです。


司式司祭がミサ聖祭をどれだけ真剣に、真摯に受け止めて執行しているか、「おはようございます」などと余計なことを言わないかどうかが、一つの試金石になるかもしれませんね。■

母をたずねてウン十年

今日10月11日は、ローマ典礼の特別形式の教会暦では「童貞聖マリアの母性」の祝日に当たります。

1962年のこの日、第2バチカン公会議が始まりました。
時の教皇 福者ヨハネ23世は、開会日をこの日にすることで、この公会議を聖母の御保護の下に置こうとお考えになったのでしょう。
しかし、公会議後のいわゆる「典礼改革」で、この祝日は消えてしまいました。

「公会議の精神」を標榜する典礼改革が、実際の公会議議決からはかけ離れた逸脱に突き進んでいった有様は、まさに親を捨てた非行少年を見るようです。


とはいえ、母のもとへ帰ろうとする歩みも着実に進んでいます。

公会議前の典礼は廃止などされておらず司祭は自由にささげることができると宣言した2007年の教皇自発教令『Summorum Pontificum』に続き、今年5月にはその具体的な適用について説明した教書『Universae Ecclesiae』が発布されました。
公会議前の典礼「特別形式」と公会議後の「通常形式」との並立状態を、近い将来に解消する方向でバチカン内で検討している、という報道もありました。

なんにせよ、この混乱状態が早く終息に向かうことを願ってやみません。

もう数日前の話になってしまいましたが。ミサ聖祭の英語訳の改訂版が承認されました。
この改訂、2001年の典礼秘跡聖省の教令「Liturgiam Authenticam」を受けてのものでしたっけね。

この教令では、ミサの各国語訳には省略や誤訳が存在しており、そのことが
(当事者たちの自賛とは裏腹に)むしろインカルチュレーションを阻害している、
と厳しく非難されていました。

当ブログでも何度かお伝えしてきたとおりです。

典礼秘跡聖省・教令『Liturgiam authenticam』
http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/17608940.html

日本は無関係?
http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/22660590.html

祈りのことば
http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/27917562.html


日本ではなぜか語られることのない教令「リトゥルジアム・アウテンティカム」ではありますが、
過ちを認めて誤訳を改めた英語圏の姿勢には見習うべきところもあるかもしれませんね。

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教皇儀典長マリーニ師は『オッセルヴァトーレ・ロマーノ』紙のインタビューで、
聖体拝領の際にひざまずき、舌で聖体を受けることを強く推奨し、
これは至聖なる秘跡に対して現在欠落している崇敬と礼拝を表現する行為であり、
教皇聖下ご自身が望んでおられることでもあると指摘した。

教皇ベネディクト16世は、ひざまずき口で受けようとする信者に対して聖体を授けている。
この方法がバチカンでの教皇の典礼で規範化されるのかという質問に対しマリーニ師は、
教皇聖下自身の強い意向によりそうなるだろうとの見解を示した。

なお、聖体拝領の際に(手ではなく)舌で聖体を受けることは全教会共通のルールである。
手で受けるのは、司教協議会の求めに対して教皇が許可を与えることによって初めて
認められる、例外的な行為にすぎない。

http://www.cwnews.com/news/viewstory.cfm?recnum=59335
http://www.catholicnews.com/data/stories/cns/0803381.htm



もう今時、「口ではなく手で聖体を受けるのが第2バチカン公会議の方針」などと
事実に反することを主張する人はいないと思いますが・・・。

今まで司教等の許可が必要とされた公会議前の典礼を完全自由化した、昨年の
自発教令「スンモールム・ポンティフィクム」といい、近年の聖庁は弛緩・逸脱した
新典礼で失われてしまった「聖なるものの感覚」を取り戻すよう努めているようです。

このブログをお読みになっている信者さんの中にも立ったまま手で受けておられる方も
多いとは思いますが、ひざまずいて口で受けるようになさってはいかがでしょうか。

教皇ベネディクト16世は、ラテン語で献げられる「ラテン典礼の特別形式」が全ての小教区で献げられることを望んでいる、とバチカン高位聖職者がイギリスでの会見で明らかにした。

エクレジア・デイ委員会総裁ダリオ・カストリヨン・ホヨス枢機卿はロンドンで6月14日に行われた会見で、ラテン語で執行される聖伝ミサがカトリック世界の全域で再び導入されることになるだろうとの見解を示した。
また、「昔の典礼が段々と多くの小教区で使われるようになっていくのだろうか」という質問に対して、枢機卿は「多くの小教区ではなく、全ての小教区でだ」と答えた。

 http://www.cwnews.com/news/viewstory.cfm?recnum=59106



蛇足ながら付け加えますと、日本におけるカトリック教会もラテン典礼に属しています。
(カトリックでラテン典礼に属していないというのは、東方帰一教会などのことです)

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