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カトリック的。
信徒数13億人でも日本では知られていないカトリック。正統キリスト教会を気楽にご紹介します。

書庫どちりな・きりしたん

真理は永久不変ですから、カトリシズムが神に啓示されたものであり真理であるなら永久にカトリック教理は変わらないはず。実際、今から400年前の日本で出版された教理書『どちりな・きりしたん』の内容は、今のカトリック教会で教えられていることと見事に一致します。我が国が世界に誇る稀覯を現代語でわかちあいましょう。
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はじめに http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/45970835.html

キリスト者とは 1 http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/46821013.html

キリスト者とは 2 http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/49910272.html

キリスト者とは 3 http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/51934662.html

十字架のしるし 1 http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/51934676.html

十字架のしるし 2 http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/51934693.html

十字架のしるし 3 http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/51934711.html

キリスト者の敵 1 http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/52284197.html

キリスト者の敵 2 http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/52631861.html

主祷文 1 http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/56527749.html

主祷文 2 http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/57764404.html

主祷文 3 

聖母崇敬 1 

聖母崇敬 2 

天使・聖人崇敬 

使徒信経 1 

使徒信経 2 

使徒信経 3 

使徒信経 4 

主祷文 2


弟子 天主はどこにいらっしゃるのですか。

師匠 天主は、天地のどこにでもいらっしゃるよ。

 主祷文を唱える時は、どの言葉でもって私たちの心を天主に向けるのですか。

 冒頭の、「天にまします我らの父よ」という言葉によってだね。

 「主」と言わずに「父」と呼ぶのはどうしてですか。(注1)

 それはね、天主が私たちを深く愛してくださっていることを思い起こし、信頼の心をもって祈願するためなんだ。

 「私の父」と言わずに「我らの父」と呼ぶのはなぜですか。

 人類は皆、唯一の天主によって造られた、つまり同じ親を持つ兄弟であると思って、互いに愛し合うように、という意味が込められているんだ。(注2)

 天主が「天にまします」というのはどういう意味ですか。

 私たちの父が天におられ、私たちの希望も天にあるということを思い起こし、この世のことに執着するのを止めるために言うんだよ。

 さっき、天主はどこにでもいらっしゃると言ったじゃないですか。なのに今、天主は天におられると言うのは、どういうことですか。

 確かに、天主はどこにでもいらっしゃるよ。ただ、お救いになった善人たちにその姿を直接お見せになる(注3)ために天に楽園をお定めになったので、そう言うんだ。

 どのような言葉で、私たちの願いを天主へ申し上げるのですか。

 「天にまします」以下、続けて唱える言葉によってだよ。

 続く言葉で、何を願うのですか。

 七つの祈願(注4)だよ。第一に、「み名の尊まれんことを」と唱える。これは、天主のみ名とその栄光が世界へ広がり、全人類の主なる天主と、その御子、主イエズス・キリストとが人々に知られ、礼拝されるようになりますように、という意味だね。

 第二には何を願うのですか。

 「み国の来たらんことを」と唱える。これは、私たちが悪と罪から解放されるように、そして神と御子イエズス・キリストが、現世においては恩寵をもって、来世においては栄光をもって、支配してくださるようにと願うものだ。

 第三には何を願うのですか。

 「み旨の天に行わるるごとく、地にも行われんことを」と唱える。これは、天においてすべての天使が天主の御意志に従っているように、地においても全人類が天主に従い、その御意志に沿ってお仕えすることができますように、と願うものだ。


注1 天主を父と呼ぶこと

興味深いことに、『どちりな・きりしたん』においては「てんにましますわれらが御おや」と訳されている。
さて、純霊たる天主にもとより性別などないが、旧約時代より天主は父のイメージで捉えられてきた。イエズスは天主に向かい「アッバ、父よ」と呼びかけ、また主祷文において我々も同様に「父よ」と呼びかけるよう教えられた。

注2 「我らの」父

前項の問答(天主が人間を愛し給い、人間も天主を敬愛すべきこと)と併せて読むと、福音の二つの掟「すべてに超えて天主を愛すべし」「自分の如く隣人を愛すべし」が自然と連想されよう。(マテオ22・34以下、マルコ12・28以下参照)

注3 天主を見る

救いの本質は天主を見奉ること(至福直観)である。
「今私たちは鏡を見るようにぼんやりと見ている。だがそのときには顔と顔を合わせて見るであろう」(1コリント13・12)


注4 七つの祈願

主祷文は七つの祈願に分けられる。
 1.み名の尊まれんことを
 2.み国の来たらんことを
 3.み旨の天に行わるる如く、地にも行われんことを
 4.我らの日用の糧を今日我らに与え給え
 5.我らが人に赦す如く、我らの罪を赦し給え
 6.我らを試みに引き給わざれ
 7.我らを悪より救い給え

主祷文 1


師匠 ローマの聖なる教会が教える祈りoratioを教えようね。それから、信じるべきことがらと、行うべき善業について説明していくよ。それが、「主祷文」、「天使祝詞」、「サルベ・レジナ」、「信経」、「天主の十戒」と「教会の掟」。これらは全部、おろそかにすることなく堅く信じ、かつ、つとめ行うべきものなんだ。

弟子 善悪を区別できる年齢(注1)に達したキリスト者は、何を知ることが必要ですか。

 三つのことを知らなければならないね。天主によく信頼すること、天主を堅く信じること、正しく生きる道を知ること、この三つだ。

 天主に信頼する道はどのようにして知ることができますか。

 「主祷文」(注2)によって知ることができるよ。

 信じるためには何を知るべきですか。

 「信経」と信仰箇条を知らなければならないね。(注3)

 正しく生きるには何を知るべきですか。

 正しく生きるためには、「天主の十戒」と「教会の掟」を知り、また悪を退けるためには「七つの罪源」を知っておかねばならないね。

 正しく信じ、正しく望み、正しく生きるためには、今おっしゃった他にも必要なことがありますか。

 そのとおり、必要不可欠なものがある。それが、天主から直接与えられる三つの善徳だ。正しく信じるには信徳fides、よく信頼するには望徳spes、正しく生きるには愛徳caritasが必要なんだ。
さて、さっきも言ったとおり、よく信頼するには「主祷文」を知ることが大事なので今教えよう。

天にまします我らの父よ、願わくはみ名の尊まれんことを。み国の来たらんことを。み旨の天に行わるるごとく、地にも行われんことを。我らの日用の糧を今日我らに与え給え。我らが人に赦すごとく、我らの罪を赦し給え。我らを試みに引き給わざれ、我らを悪より救い給え。アメン。(注4)

 この祈りは、誰が作ったものですか。

 畏れ多くも私たちの主イエズス・キリストが直接お教えくださった祈りなんだ。(注5)

 何のためですか。

 祈りを唱える方法を教えるためだよ。

 祈りとは何ですか。

 祈りは、私たちの心を天に向け、主なる天主に望みをかなえていただくための道とも橋ともなるものなんだ。


注1 善悪を区別できる年齢

概ね6〜7歳前後とされる。カトリック実践倫理において重要な年齢区分の一つ。
罪(大罪)とは、「1.重大な事柄において、2.それが罪悪であると認識しつつ、3.実行しようと決意する」の3つの要件を満たす時に成立する(1つまたは2つを欠く場合は小罪)が、未だ善悪の分別のつかない幼児にあっては2つめの要件を欠くため大罪が成立しない、即ち堕地獄の可能性がない。そのため幼児洗礼を受けていた7歳未満の幼児が死亡した場合(その救霊が確実であるから)、故人の救霊を祈願する成人のそれと異なり、葬儀では彼の霊魂に天国の幸福を与え給う天主を讃美する。

注2 主祷文とは

「Oratio Dominica」の訳、口語では「主の祈り」。冒頭の句を取り、「天にまします」や「パテル・ノステルPater noster」とも呼ばれる。
天主へ「父よ」と呼びかけ、7つの祈願によって人間が望むべきこと、依り頼むべきことが示されている。

注3 信じるために知るべきこと

「信じる」という語に何かしら神秘的かつ曖昧な定義を与える異教やプロテスタンティズムと異なり、カトリシズムにおいて「信じる」とは通常の語義通り「ある事柄を真と承認すること」である。
キリスト教を信じるためにはキリスト教の内容を知らなければならない。そしてキリスト教の内容を明文化したものが「信経」や信仰箇条である。

注4 主祷文の本文

マテオ6・9-13、ルカ11・2-4参照。
ラテン語原文:Pater noster, qui es in cælis: sanctificetur nomen tuum; adveniat regnum tuum; fiat voluntas tua sicut in cælo et in terra. Panem nostrum cotidianum da nobis hodie; et dimitte nobis debita nostra, sicut et nos dimittimus debitoribus nostris; et ne nos inducas in tentationem; sed libera nos a malo. Amen.
なおプロテスタント教では、主祷文の本文に続けて栄唱「国と力と栄光は・・・」を唱えるが、これは若干の写本に由来するもので、本来の聖書本文ではなく後代の加筆と考えられる。

注5 キリストのご制定

主祷文は天主御自らが教え給うた祈祷文であると同時に、天主に対して「父よ」と呼びかけており、その畏れ多さたるや言語に尽せない。
そのためミサ聖祭で主祷文を唱えるに当たり、司祭は「Præceptis salutaribus moniti et divina institutione formati, audemus dicere. 救いのための戒めに勧められ、天主のご制定に教えられて、我等敢えて唱え奉る」という招きの言葉を述べ、その畏れ多さを表している。
なお現在の日本語ミサでは「主の教えを守り、みことばに従い、つつしんで主の祈りを唱えましょう」という訳になっている。必ずしも誤訳ではなかろうが、「つつしんで」では「本来なら畏れ多くてとても口に出せないが、主が勧めておられるのであるから、そこを敢えて唱えさせていただく」というニュアンスが少し薄れてしまっているようにも思われる。

キリスト者の敵 2


弟子 世間を敵というのはどういうことですか。

師匠 世にはびこる悪業と、悪い慣習と、悪人とを指して世間と総称しているんだよ。

 世間はどのように誘惑するのですか。

 悪業に慣れっこにさせたり、世間の伝統だとか慣わしだからと悪い行いを続けさせたり、人々の邪悪な会話やその他もろもろのことを通じて悪い思いを起こさせたりするんだ。

 それらを防ぐにはどうすればよいのですか。

 天主の掟や、主イエズス・キリストをはじめ聖人たちの模範を思い出すこと、また、四終(注1)つまり死・審判・地獄・天国を黙想することだ。

 肉体を敵というのはどういうことですか。

 アダム以来継承されている原罪Peccatum originale(注2)によって悪に生まれついている肉体のことなんだが、原罪に加えて、自罪Peccatum personale(注3)によって悪への傾向性を強く持っていることから、肉体を敵と呼ぶんだ。

 肉体はどのように誘惑するのですか。

 人間が天主の恩寵を失った状態で生まれるため、また原罪の結果として悪への傾向性を持っているため、肉体は人間の心に秩序を逸脱した欲求を起こさせ、罪へと傾かせるんだ。これによって精神が暗くなり、悪に対する抵抗感が薄れてしまう。
悪に生まれついているというのは、欲望、自信、愛、憎しみ、喜び、悲しみ、恐れ、怒りなどの感情において逸脱しているということだ。

 キリスト者が唱えることは何ですか。

 イエズスの至聖なるみ名だよ。

 それはなぜですか。

 イエズスとは救い主という意味(注4)なんだ。だから、私たちが困難や重大問題に直面したときには、救いのためにイエズスの聖名を唱える。こういう訳だから、イエズスのみ名を口にする時には、深く敬わなければいけないよ。(注5)


注1 四終

キリスト者が常に念頭に置いておくべき、この世の生活の後に存在する四つの事柄。死Mors、審判Iudicium、地獄Infernus、天国Paradisus。

注2 原罪

人祖が天主に背いたため、その子孫である全ての人間が遺伝的に有する、天主から離れた状態(恩寵を失った状態)のこと。これを、個人が自ら犯す罪(自罪)と区別して「原罪」と呼ぶ。
原罪による恩寵喪失状態(罪の状態)は洗礼によって取り去られ、救霊への道がスタートする。

注3 自罪

いわゆる罪のこと。個人が思い・言葉・行い・怠り等において天主に背反すること。人祖の罪に由来する原罪と区別して「自罪」と呼ぶ。

注4 イエズスの聖名

イエズスIesusとは「天主は扶け給う」の意といわれる。受胎告知の際、大天使聖ガブリエルが聖母マリアに名付けるよう命じた名前(ルカ1・31)。
略号として「IHS」と表され、「Iesus Hominum Salvator(人類の救い主なるイエズス)」、「In hoc salus(ここに救いあり)」等とも解される。

注5 聖名の崇敬

「イエズス」はユデア人の間によくある名であったが、人類の救いのために天主が特に選ばれたことから、キリスト者は主の聖なる名に対して敬意を表する。主の聖名が唱えられる時は深く頭を下げる(着帽している者は帽子も取る)ことと定められている。
参考:<イエズスの聖名の連祷> http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/52527184.html

キリスト者の敵 1


弟子 (何か行動を始める前に十字架のしるしをするのは、その行動が私たちの敵によって妨げられないように願うものでもある、とのことでしたが、)「私たちの敵」とは何ですか。

師匠 悪魔と、世間と、肉体とをもって敵というんだ。

 どういうわけでこの三つを敵と呼ぶのですか。

 この三つは、私たちの霊魂に対して強制的に罪を犯させることはできない(注1)けれども、悪を勧めたり、罪へ誘ったりすることから、敵というんだよ。

 この三つの敵が悪を勧めたり、善業の妨げとなる誘惑tentatioを行うのを、天主がお止めにならないのはなぜですか。(注2)

 私たちが誘惑に抵抗し、天主の助けを受けてこれに打ち勝つならば、一層の恩寵を与えようというのが天主のご意向なんだよ。(注3)

 悪魔はどのように誘惑するのですか。

 悪魔は、人の心に悪い思いを浮かばせたり、罪を犯す機会を人の前に現したりするんだ。

 悪い思いをどのように防げばよいですか。

 その方法はいくつもあるけれども、とりわけ三つの方法がある。一つには、悪い思いが起こった時に、善い考えに置き換えること。二つには、胸に十字架のしるしをすること。三つには聖水を額につける(注4)ことだね。

 どのようにすれば罪を犯すことを防げますか。

 一つには、罪を犯す機会を避けること。二つには、祈りを唱えること。三つには、善い訓戒を聞き、善い書物(注5)を味読することだね。


注1 罪は強制されない

キリスト教において、罪とは「1.重大に天主に背くことがらについて、2.それが罪であると認識しながら、3.自らの意志で、それを実行しようと決意する」の3要件を満たすものをいう。従って、自分では承諾していない行為を強制され、あるいは、自分では意識しないうちに行なったのであれば、上記の要件を欠くため罪が成立しない。罪とは自覚的かつ故意の、個人の営為である。
http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/25431256.html も参照のこと。

注2 悪の問題

ここで提起されている質問の根底にあるのは、哲学で「悪の問題」と呼ばれるもの。即ち、「これほど世界が悪で満ちているのに、天主などあるものか」という、論理よりも感情に基づいた主張である。
「悪の問題」による無神論とは、「1.天主が存在する、かつ、天主はすべての悪の発生を阻止する、と仮定する。2.しかるに、世界には悪が存在する。3.ゆえに、天主は存在しない。」という理屈だが、これは明らかにおかしい。1.と2.から導かれる結論は、正しくは「天主は存在しない、または、天主は必ずしもすべての悪の発生を阻止しない。」である。
いみじくも聖アウグスティヌスが「天主は悪からより大いなる善を引き出すほどに全能である」と述べている通り、天主は善を増すために試練の存在を認めているのである。

注3 試練の意義

「神は彼らを試練にあわせ、ご自分にふさわしいものとされ、炉に入れる黄金のように試されてから、完全ないけにえのように、神に受け入れられた」(知恵3・5)
「神は忠実であるから力以上の試みには会わせたまわない。あなたたちが試みに耐えそれに打ち克つ方法をも、ともに供えたもうであろう」(1コリント10・13)
「私たちは、苦しみを堪え忍んだ者を幸いな者と呼んでいる」(ヤコボ5・11)


注4 聖水

司祭が塩を入れ聖別した水。準秘跡sacramentalia(秘跡sacramentumと違い間接的に、つまりそれを用いて信心を深めることにより天主の恩寵を受ける)の一つ。聖堂の入口に聖水盤を置き信徒が聖堂へ入る際に使うほか、種々の儀式や祝別などの際に用いられる。

注5 善い書物

原本では「よききやう(良き経)」。本書における「よし」の語の用例からは、「聖経」(つまり聖書)と直訳することもできるが、ここでは聖人伝や信心書など、キリスト者の生活のありようを教える書物を意味している。
『サントスの御作業』つまり聖人伝、そして『こんてむつす・むんぢ』、『ぎや・ど・ぺかどる』などの信心書が、当時の長崎において出版されていた。

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