|
カトリックとプロテスタント ―「本当のキリスト教」とは?
キリストが設立した本来の教会「カトリック」に対して、ルターやカルヴァンといった教祖たちが作った宗教団体を総称して「プロテスタント」と呼びます。
つまり、正統キリスト教とはカトリックのことを指します。
それにしても、教会の「正統性」とは何でしょう。
キリストが設立した教会の連続性、同一性はどのように保たれているのでしょうか。
教会の四つの特徴
ニケーア・コンスタンチノープル信経には、「我は、一、聖、公、使徒的なる教会を信じ奉る」とあります。
真の教会は、この四つの特徴を備えていることによって、他の「自称キリスト教」宗教団体と区別されます。
(1)「一 Una」:唯一である
真の教会は唯一です。真理は一つです(互いに矛盾する命題が両方とも真であることはあり得ません)。聖書にも「主は一人、信仰は一つ」(エフェゾ4・5)とあります。
カトリック教会は一つの教会です。世界で13億人近い信者を抱え、宗教の一宗派としては世界最大とも言われています。13億人が、地上におけるキリストの代理者であるローマ教皇を筆頭に、まったく同じ信仰箇条を奉じているのです。
ひるがえってプロテスタントは、互いに異なる信仰箇条を持つ無数の宗教団体の総称です。
救いとは何か、洗礼の意義は、といったキリスト教の根本のところでさえ教団により意見はさまざま。中にはキリストが神であることすら認めない宗派もあります。一致しているのは「カトリックではない」という点だけと言っても過言ではありません。
個々の教団の教えの中には、正しい主張も間違った主張もあるでしょう。ただ少なくとも、数万もの互いに対立する宗派に分裂している「プロテスタント」なるものが、キリストの真の教会としての「唯一性」を体現しているとは決して言えないですね。
(2)「聖 Sancta」:聖なるものである
カトリック教会は、その創設者であるイエズス・キリスト(人となった神)は言うまでもなく、2000年の歴史の中で無数の聖人によって支えられてきました。
キリストの定めた「七つの秘跡」も保たれています。秘跡とは、目に見えるしるしを通して神の恩寵を具現化する儀式のこと。たとえば洗礼は、水と司祭の言葉とによって、受洗者の霊魂に消えない印を刻み付け、罪を洗いきよめ、神の子としての資格を与える秘跡です。また聖体の秘跡つまりミサ聖祭の厳かさは、一度でも与ったことのある人には説明するまでもないでしょう。
カトリックでは、教会は「信者を聖化する場」として捉えられています。
同好の士が集まる聖書勉強会とも、説教を聞き一緒に歌って陶酔するサークル活動とも違います。人間の集会ではなく、「聖なるもの」なのです。
プロテスタントでは、聖人を認めない宗派も多いですし、秘跡に対する考え方も異なります。「聖なるものの中の聖なるもの」とでもいうべき「ご聖体」は、プロテスタントには存在しません。
中には、「私は救われた!」とか「霊が私に降った!」という主観的な感動(しばしば自己満足に過ぎない)こそが大切だ、とする宗派もあるようです。個人の感覚や思い込みよりも客観的事実や理性を重視するカトリックにはなかなか理解しがたいことですが…。
いかがでしたか?
今日は、キリスト教での「正統」とは何だろうか、という問いから始まって、真の教会の四つの特徴のうち初めの二つ、「一」と「聖」について見てみました。
キリスト教に「カトリック」と「プロテスタント」があると聞いたことはあったけれど、カトリックが単体で13億人を抱える一つの宗派で、プロテスタントは「カトリックを否認する」という一点で共通する無数の新しい宗派を総称したもの、とは知らなかった人も多いのではないでしょうか。
後編では、真の教会の四つの特徴の残りの二つ、「公」と「使徒的」について見ながら、キリストの設立した教会と現存の教会とが、どのように連続しており、同一性を保ってきたのか、について考えてみたいと思います。
お楽しみに!■
|