ここから本文です
カトリック的。
信徒数13億人でも日本では知られていないカトリック。正統キリスト教会を気楽にご紹介します。

書庫カトリック的に考えようとしてみた

世の中の出来事、信仰に関わる問題などについて、カトリック信徒の視点から思うことなどをつらつら書いています。記事は上から下に新しい順から並んでいます。

記事検索
検索

数十年にわたり平和を享受してきた我が国が、ついにイスラム過激派の攻撃対象となった。
今後は、テロ対策をも考慮した社会のあり方を考えていかなければなるまい。


その上で肝要なのは、イスラム教徒を社会から排除しないことである。


日本は宗教に対して極めて不寛容
であり、信仰・信念というものについて全く無頓着である。

そのため、テロリストに対する恐怖心が、容易にイスラム教そのものへの忌避に変わっていくものと予想される。
(「なんかイスラムの人ってこわいよね、関わり合わない方がいいよね」といった具合に。)


しかし、そのような疎外こそがテロリストを生み出す温床になることは、米英や欧州の例を見れば明らかだ。


なにも我々がイスラム教徒になる必要があると言っているのではない。

そうではなく、
我々と異なる思想・文化を有する隣人を社会の中に受け入れることができるかどうか、
見ないふり(無視)をするのではなく同じ社会の一員として遇することができるかどうか、
我々日本人の度量が試されているのである。■


筆者はテロ、暴力による言論封殺を断固として非難する。
一方で『Charlie Hebdo』を擁護するつもりもない。同紙はイスラム教だけでなく、キリスト教・カトリック教会をも攻撃対象としてきた。かなり左派寄りだそうだから、「宗教は阿片」とバカの一つ覚えみたいに盲信しているのかもしれない。


「キリスト教=西洋」という誤解


さて興味深いことに、インターネットでは、『Charlie Hebdo』の風刺画を批判して「これだから欧米人は傲慢だ、キリストやマリアが侮辱されたら自分がどう感じるのか思い至らないのか」といった意見が散見された。
これはまったく的外れなコメントで、先に述べたとおり同紙はキリスト教をも同様に冒涜してきたのである。

どうやら多くの日本人(知識人を含む)は、「キリスト教は西洋の宗教」という間違った固定観念にとらわれているのか、「キリスト教徒」と「西洋人」とを区別して考えることができていないようだ。
当ブログでも時々「キリスト教は南米などで酷いことをしたくせに、愛や寛容などちゃんちゃらおかしい」といったご意見を頂戴することがあるが、まさに西洋とキリスト教とを混同した典型例といえよう。


キリスト教が欧州に広まった事情


筆者はカトリックの日本人として、時々こう思うことがある。
中東に生まれたキリスト教が欧州で広まったのは、白人に倫理規範を与えることで、彼らが人類に与える害を少しでも軽減させるための、神の計らい(摂理)だったのではないかと。

また、教皇や司教たちの多くが白人であるという事実は、我々が聖職者の権威に服するのは彼らが人間として優れているから(=個人崇拝)ではなく、彼らにたまたま付与されたキリスト由来の権能を敬っているのだ、という事実をより鮮明に示してくれているのではないかと。

そして、キリスト教徒たる白人たちが神の教えに逆らっておぞましい犯罪を繰り返してきたという歴史的事実こそが、キリスト教がいかに健全で、個人の自由意志を尊重しているかを示している。もしも教会が構成員を洗脳し、あるいは特定の行動を強要しているのであれば、そのような教会の意に反する犯罪は起きなかっただろうから。
神は、人間が善しか行えないロボットになることを望まれなかった。善悪どちらでも選択肢があり、それでも善を選ぶという自由な善い判断をよしとされるのである。



筆者は、我が国がその高度な文明にふさわしく、非科学的な迷信を早急に放棄してカトリシズムを受容すべきと考える者である。
ただ、前述のように、日本ではキリスト教に対する誤解(というか初歩的な知識の欠如)がまだまだ根強い。
「先の者が後になり、後の者が先になる」との福音書の言や、博識な三賢者よりも無学な羊飼いたちの方が先にキリスト降誕の場に導かれたという先例を鑑みるに、日本の回心にはまだまだ時間がかかりそうだ。■

クリスマスが迫ってきた。今年も24日の夜のミサには教会に多くの人がつめかけるのだろう。
特に都市部の教会では、聖夜をよりロマンチックに過ごそうとする未信者のカップルであふれんばかりになる。

ミサでは福音書の御降誕のくだりが朗読され、司祭は説教の中で受肉の神秘を解説することだろう。

神は人間をよいものとして創造したが、人は罪を犯して神から離れてしまった。
しかし神は人間を愛しており、人類の救いのためにおんひとり子を世に遣わした。
これがイエズス・キリストである。
キリストは単なる人間、宗教指導者ではない。「人となられた神」なのである。

信者にとっては当たり前の話だが、日本ではこれを信じる信じない以前に、そもそもキリスト教がそのような教えであることすら知られていない。だから、初めてカトリック教会を訪れた人々のために、キリスト教の根幹をかみくだいて説明するのは有意義なことである。


しかし私としては、特に若い男女が集まる教会では、もう一つのテーマを説教に加える必要があると思う。

神は、結婚を神聖なものとしてお定めになった。
結婚によって男女は一体となり、互いに自らのすべてを与え合う。
婚姻関係の外での性的関係は罪である。


司祭や修道者が独身であるためか、カトリック教会は性や肉体を罪悪視していると誤解されることがあるが、そうではない。
婚姻を神聖なものとし、肉体を尊重しているからこそ、それに反する性的関係(婚前交渉・同棲・不倫・風俗・ポルノ等)は悪だと強く主張するのである。

セックス文化が蔓延する現代の我が国において、青少年が正しい倫理観を形成することは極めて困難になっている。闇から光へと移る降誕祭にあたり、死の文化に一灯の光を示すことは私たちの責務であろう。


過去に一度だけ、クリスマス夜半のミサでそのような説教を聞いたことがある。
若い恋人たちでごった返す聖堂を見渡しながら、司祭は笑顔で語りかけた。

「みなさん、ようこそ教会へお越しくださいました。キリストは『互いに愛し合いなさい』とおっしゃいました。どうか隣の彼氏・彼女を大切にしてください。
これからごちそうを食べて、ホテルに行こうと考えている人もいるでしょう。それはいけません。結婚するまで待ちましょう。それが相手のことを、そして自分自身を、本当に愛し大切にすることなのです。」

私は、正しいことを告げることを恐れなかったこの司祭に、心から敬意を表するものである。


それでは、素敵なクリスマスをお迎えください。

とあるカトリック系小学校の校長先生のお話を聞く機会に恵まれた。

入学時にはまだまだ自分のことで精一杯だった児童たちが、ぐんぐん成長し互いに思いやり助け合うようになっていくのを、温かい眼差しで見守っている様子がうかがわれた。堅固なキリスト教精神に支えられた先生方の日々の指導と善い模範、そして絶えざる祈りのたまものだろう。


やがて話題は、各校に配られた新しい道徳のテキスト(副読本)に移った。
右寄りの人々が道徳の教科化を画策する中、偏った思想教育が導入されないかと昨今かまびすしいこの副読本。どんなコメントが出るのかと思ったら…、

校長先生は静かに「よいことが書かれていると思います」とおっしゃった。
そして続けて、「わたしは最初から最後まで読みましたが、『ゆるし』という言葉が一度も出てきませんでした。キリスト教の根本は『ゆるし』ですから、人をゆるすという観念がなければ道徳として完全とは言えないと考えています」

ああ成る程、「カトリック」の「先生」はこういう読み方をするのだ、と新鮮な思いであった。


ふりかえってみると確かに世間では、不幸にして罪を犯した人(不幸な境遇だから酌量の余地があると言っているのではない。うっかりではなく自覚的に、人としてやってはならない悪いことを本当にやってしまった人のことである)に対して、胸糞の悪くなるような罵詈雑言を浴びせかける人々をしばしば目にする。
自分が「まだ」その罪を犯していないからといって、「先に」犯した仲間をののしっても詮無いことである。

そこまで低級でなくとも、私たちはつい「絶対に許さない」とか「決して許してはならない」といった言い方をしがちではないだろうか。
あるいは、いつまでも他人をゆるせぬままでいたりしがちだ。とりあえず私はしがちだ。


罪を罪でないと言うのはもちろん欺瞞だが、一方で、もしわれわれが罪人をゆるさないなら我々が神に受け入れられることもない。
まして自分の丸太をさしおき兄弟のおがくずに拘泥しているようではどうなることか、今宵も相変わらずの良心の糾明…。


我らが人に赦す如く、我らの罪を赦し給え。■

2014年4月27日、教皇(ローマ法王)ヨハネ・パウロ2世(在位:1978〜2005)が聖人と宣言された。
通常は数十年から数百年かかるところ、死後わずか9年での列聖は極めて異例である。
バチカンが列聖を急いだ背景には、いったい何があったのだろうか。


「聖人」とは

広義では、聖人とは「死んで天国に行った者」を意味する。
死の時点で神から離れていた(大罪の状態)者は死後ただちに地獄に落ちるが、そうでない者は煉獄での潔めを経て天国に入る。つまり、天国には多くの無名の聖人たちが存在するということである。

一方、カトリック教会が公式に「聖人」と宣言する(列聖する)ケースもある。
その人物の生涯を徹底的に調べ上げ、天国に行っていてしかるべきことを確認するだけでなく、実際にその人物によって複数回の奇跡がおきた(=天国で信者の祈りを神に取り次ぎ、神による超自然的な介入をもたらした)ことが立証されて初めて、公式に聖人と認定される。

列聖されると、教会の典礼暦(聖人カレンダー)にその聖人の祝日が追加され、その生き方はキリスト者の模範として敬われるようになる。


疑惑の残るヨハネ・パウロ2世

筆者は一人のカトリック信者として、すべての人が天国に行くことを望むものであり、実際にヨハネ・パウロ2世の霊魂が救われて天国に入ったこと自体は喜ばしい。
人間カロル・ウォイティワはきっと、個人としては素晴らしい人格者だったのだろう。

しかし、彼ははたして「キリスト者の模範」と呼べるような教皇だっただろうか?

ヨハネ・パウロ2世は1978年、いわゆるバチカン銀行の闇を浄化しようとして就任わずか1か月で謎の死を遂げたヨハネ・パウロ1世の後を継いで使徒の座に就いたが、30年近い在位中、教会の腐敗を正すことについては一貫して消極的であった。

第2バチカン公会議(1962-65)から現在まで、教理的な弛緩や典礼の逸脱が蔓延し、世界中で司祭志願者の減少や信者の流出が深刻化している。
そのような中でヨハネ・パウロ2世は、信者から好かれにくい正統教説の主張は最小限にとどめる一方、大衆迎合的なパフォーマンスで人気を博し、「空飛ぶ教皇」の二つ名を誇ったのであった。


聖職者の性的虐待問題

彼の次の教皇ベネディクト16世(在位:2006〜2013)の治世は、聖職者による性的虐待スキャンダルに揺れ、「適切に対処していない」と厳しい批判にさらされた。
しかし、ここで思い出すべきは、性的虐待はヨハネ・パウロ2世の時代(もしくはそれ以前)に発生した事件であり、ヨハネ・パウロ2世の時代に事件を隠蔽し、性犯罪者を処罰せず匿い続けたことが問題の本質だ、ということである。

ここでは代表的な事例を2つ挙げるにとどめたい。

「Legion of Christ」は、数千人の聖職者会員を抱える新興の修道会であるが、なんと創立者のMarcial Maciel神父(2008年没)は、長年にわたって二重生活を送っており、少年へ性的虐待を行ない、複数の女性に子を産ませていた。
問題は1990年代には既にバチカンの知るところとなっていたにも関わらず、ヨハネ・パウロ2世はこれを握りつぶしてしまった。ベネディクト16世は2006年に登位するや否や、Maciel神父の処罰を発表した。

スコットランドのKeith O'Brien枢機卿は、ヨハネ・パウロ2世によって1985年に大司教、2003年には枢機卿の位に上げられた。ところが、彼は司教の地位を濫用して配下の司祭に同性愛行為を強要していたのであった。
彼はヨハネ・パウロ2世の時代には何の処分も受けることはなかったが、2013年、ベネディクト16世によって遂に職務を解かれた。


ヨハネ・パウロ2世の責任

聖職者の性的スキャンダルに関して、教会トップであったヨハネ・パウロ2世の責任は大きい。まして、醜聞を握りつぶしていたとなれば批判はまぬがれまい。
また、上述のO'Brien枢機卿の事件については、その任命責任が特に厳しく問われるべきであろう。

にも関わらず、バチカンが異例のスピード列聖を強行した背景には、人気の高いヨハネ・パウロ2世を一刻も早く聖人に祀り上げてスキャンダルから切り離し、数少ない持ち玉のイメージを守ろうする思惑があったものと推察される。

しかし、性的虐待の被害者たちは、犯罪を黙認し助長した組織の親玉が「聖人」として崇敬されるのを、どのような気持ちで見守っているのだろうか。
カトリック系の御用メディアが能天気に列聖を祝っているのを見ると、なんとも暗澹たる気分になることであった。■

検索 検索
カトリック的。
カトリック的。
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

最新のコメント最新のコメント

すべて表示

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』

その他のキャンペーン

みんなの更新記事