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カトリック紋章探訪の第1回は、現教皇ベネディクト16世の紋章である。
といっても、聖下の紋章の詳細については中央協をはじめ各所で説明されているので、ここで改めて述べるまでもないだろう。ムーア人の頭と荷を負った熊とは聖下にゆかりの深いフライジング教区に由来し、ホタテ貝と思われる貝殻は聖アウグスティノの故事と、聖ヤコボ巡礼のトレードマークであることから前教皇ヨハネ・パウロ2世の巡歴の生涯とを記念するものである。
(ご存知でない方のためにアウグスティヌスの故事を説明しておこう。彼は教会博士の一人で高名な神学者だが、彼が三位一体の玄義を解き明かそうと思索にふけりつつ海岸を歩いていると、童子が貝殻で海の水を汲んでは地に掘った穴に注いでいた。海の水をすべてその穴に移しかえるのだと言う。アウグスティヌスが無謀だといって笑うと、童子は「至聖三位の秘義を知り尽くそうとする汝の企てこそ無謀である」と言ってかき消えたということである。この童子は天使ともイエズス・キリストご自身であるとも伝えられている。)
さて、ここでは聖下の司教枢機卿時代の紋章および歴代教皇紋章との比較に的を絞って見てみよう。
聖下がラッツィンガー枢機卿として教理聖省の長官を務めていた時代の紋章は、地が金と青の4分割で、図像は現在と同じモチーフである。教皇登位後はこれが赤と金の3分割に変わる。
聖下はなぜ地の色を青から赤へ変えたのであろうか。青といえば、前教皇ヨハネ・パウロ2世の紋章が、青地に金の十字架とM字であった。あえて青を止めたのは、前教皇の方針を踏襲しないという意思表示だろうか!?
ベネディクト16世の教皇紋章が発表された時、業界には激震が走った(かもしれない)。紋章に付随する装飾が、伝統的な教皇紋章のそれと大きく違っていたからだ。
サポーターは交差する金銀の鍵で、これは教皇紋章の伝統に沿っている。使徒聖ペトロがキリストによって初代教皇に任じられる際に、天国の鍵(人を断罪しまた赦免する権能のこと)を与えられた歴史的事実に基づくものだ。(もっとも、昔は鍵以外のサポーターを用いた教皇もいたようだ。)
目に付くのは、楯の上部の冠である。教皇が三重冠をかぶる伝統は、今から40年ほど前に教皇パウロ6世によって廃止されたが、教皇位を示すシンボルとして紋章には描かれ続けてきた。これが、ベネディクト16世の紋章では通常の司教と同じ司教冠になったのである。三本の装飾が入っており三重冠を想起させるものの、教皇に特異的な冠でなく司教と同じ形の冠を選んだということは興味深い。
もうひとつの興味深い点は、装飾としてパリウムが描き込まれたことである。パリウムとは司教が着用するY字型の帯で、古くは司教叙階の際に司教位のシンボルのひとつとして授与されたものである。
これらのことから、ベネディクト16世の紋章は、唯一最高の権威者、キリストの代理者である教皇としてよりも、使徒たちの後継者である司教団の頭、第一位の司教としてのローマ司教(=教皇)という意味を強調したかったのだと考えることができるだろう。
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