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カトリック的。
信徒数13億人でも日本では知られていないカトリック。正統キリスト教会を気楽にご紹介します。

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馬小屋のおはなし。

1月6日は御公現祭(エピファニア)です(日本のような非カトリック国では直近の主日に祝います)。
楽しいクリスマスシーズンもついにおしまい。飾り付けを片付ける時が来ました。


さて、意外なことにクリスマスツリーは、クリスマスの飾りつけとしてはメインではありません。
今でこそバチカンにもツリーが飾られてはいますが、もともとドイツのプロテスタントが始めたと言われていて、もしそうだとすればかなり新しい習慣です(そもそもプロテスタント自体が、キリスト教が誕生して1500年後に作られた新しい宗教ですので、歴史が浅いのは仕方のないことですが)。

カトリックでクリスマスの飾りといえば馬小屋です。主の御降誕の情景を像で表現するもので、まぶね(飼葉桶)に寝かされた幼子イエズス、聖母マリア、聖ヨゼフの3人を中心に、牛やロバなどの動物がいたり、羊飼い達や東方の三博士などが配されます。
これは、フランシスコ修道会の創設者で、「平和の祈り」で有名な、アッシジの聖フランチェスコが始めたと言われています。
バチカンには、何と等身大の馬小屋がサンピエトロ広場に飾られます。

この馬小屋の飾りを、横文字では「プレゼピオ」と言います。
余談ですが、私は長いことこれを「プレゼオ」と勘違いしていました。先日辞書をひいてみたら「プレゼオ」が正しいと分かった次第。
ラテン語で「praesepium」というのが「まぶね(飼葉桶)」という意味なんだそうです。閑話休題。

このプレゼピオ、好きなように並べておけばいいのでしょうが、若干の伝統的な習慣もあります。御降誕前の待降節の間は、幼子イエズスの像は(まだ生まれていないということで)飾らず、まぶねは空っぽにしておきます。
御降誕が来ても、東方の三博士は「三王来朝」つまり御公現の日までは、イエズス様の所に到着していないということで、飾りの中心から少し離して置いておきます。


ここで、ちょっとばかし問題がありまして・・・。


三博士(三王)は、御公現まで飾らないんですよね。で、御公現の日が過ぎたら、クリスマス飾り自体を片付けてしまうんですよね。


それじゃ、三博士の晴れ舞台は、たった1日だけなの?


そ、それは余りに可哀想じゃありませんか。
それとも、そんなもんだと納得するしかないんでしょうか。
あるいは、三博士も堂々と飾っちゃっていいものなんでしょうか?

この症状に効くのは?

本当のキリスト教では、たくさんの聖人がいます。
聖人とは天国に行った霊魂のことで、神様のそばにいます。それで私たちは聖人にお願いして祈りを神様へ取り次いで(執り成して)もらおうとするわけです。生きている間も愛徳を実践していた人達ですから、天国に行った後でも現世の人を無視するとは思えませんよね。聖人を通して祈ることで、天国の聖人はその祈りに口添えをしてくれるのです。これが聖人崇敬の構図。

聖人には得意分野があるようです。これこれの職業の保護の聖人はだれそれとか、失くし物なら聖アントニオ、音楽なら聖チェチリアとか。
これらの守護領域は、殉教の状況や聖人の生涯から後であてはめたものもあれば、聖人自身が「これこれで困っている人が私を通じて祈るなら必ず神様に執り成しをしましょう」と言い残した場合もあります。

病気を得意分野とする聖人もいます。
眼病なら聖ルチア(拷問で眼をくりぬかれたという言い伝え)、
胸の疾患には聖アガタ(拷問で乳房を切り落とされた)、などなど。
咽喉の疾患には聖ブラジオ(ブラジウス)、これはブラジオ祝別といって病人の咽喉に2本のローソクを十字に組んで当て、祝福するという習慣が今でもあります。


実は、私は最近ある症状に悩まされているんです。
その症状とは・・・肩こり

首・肩・背中が、もうカチカチにこっちゃって大変なんですよ。特にここしばらく仕事が忙しかったのでなおさらです。
インドメタシンもフェルビナクもいいんですが、消炎鎮痛はともかく根本的な肩こり解消にはならないんですよね。温泉に行ってじっくり湯治したいんですが、時間も財布もそんな余裕があるわけもなし。


肩こりの保護の聖人っていないのかしら・・・?

亡くなった人のために

11月は「死者の月」。
今日は「死者の日」にあたります。カトリックのお彼岸みたいなものですな。

Requiem aeternam dona eis Domine,
et lux perpetua luceat eis.
Requiescant in pace.
Amen.

常にもまして今月は晩に詩編129(130)「De Profundis(深き淵より)」を唱えようかと思います。

自作ロザリオ

イメージ 1

ロザリオって、ラテン語のもとの意味から言えばバラ園とかそういう感じになるんだろうけど、
私のイメージでは薔薇の花束がしっくりきます。

小さい時に、原っぱでシロツメクサで花輪を作ったりしませんでしたか?
お母さんとか、幼なじみの女の子とか、誰かに編んであげると喜ばれたりして。
ロザリオをつまぐるのも、好きな人に花の冠を作ってあげるような気持ちがします。


ところで私はロザリオを自分で作るのが趣味なんです。

上の写真は、ビーズ細工(トンボ玉細工?)を始めてまもない頃のもの。
ドミニコ会の修道院でごミサを聴いた時、ドミニコ会士の人たちが黒くて大きな珠のロザリオを腰紐に下げているのを見て、欲しくなってしまって。
まさか修道士相手に追いはぎを働くわけにはいきませんので(聖ペトロ殉教の再現になっちゃう?)、自分で作ることにしたのでした。
(横のマッチ棒はサイズの比較用です。でも軸の長いマッチしかなくて比較にならん・・・)

それ以来、かなりの数のロザリオを自作してきましたが、ほとんど全部ひとにあげてしまったので、こんな武骨なのしか残っていません。お手製のロザリオなら無闇に捨てられることもないでしょうし、これもひとつの福音宣教、かしらん?
・・・どっちにしろ、男の私がかわいらしい珠のロザリオを使うこともないので人にあげるしかないんですけどね。

この武骨で珠の大きなロザリオ、慣れてなかったので9ピンの曲げ方が下手で歪んでたりするんですが、お気に入りで数年来いつも持ち歩いて使っています。


でも、いまだに祝別してもらってない・・・


ロザリオ唱えて聖母を通して現れた神様の恵みを讃えるのも好きだけど、
免償も欲しいので、近々神父さまに祝別してもらうことにします。



最近しょーもない記事ばかりですみません。仕事が忙しくて・・・。

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べったら市

今日は日本橋のべったら祭です。

カトリック(つまりキリスト者)ゆえ、えべっさんには信心ありませんけど、
お祭というのは雰囲気が楽しくていいものですね。

べったら漬にもそれほど興味はないのですが…(汗)
屋台が並んでいると思わずウキウキしてきます。

カトリック教会でも、ご復活祭や聖母被昇天祭とかにこんなふうに盛り上がればよいのですが。
聖体行列や聖母行列とか。

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