<?xml version="1.0" encoding="UTF-8" ?>
	<rss version = "2.0"  xmlns:blogChannel="http://backend.userland.com/blogChannelModule">
		<channel>
			<title>カトリック的。</title>
			<description>世界人口の5分の1ながら日本では知られていないカトリック。あなたの先入観を覆す正統キリスト教会の世界を覗いてみましょう。クリスチャン（プロテスタント）も、宗教嫌い・キリスト教嫌いの人も、お気軽にどうぞ！ …御聖体のイエズス、天主の聖母マリア、秘跡や典礼についても書いてみようと思っています。最近では信仰と理性、聖書とキリスト教の関係などの話題も増えています。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
		<image>
			<title>カトリック的。</title>
			<url>https://s.yimg.jp/i/jp/blog/iym_img.gif</url>
			<description>世界人口の5分の1ながら日本では知られていないカトリック。あなたの先入観を覆す正統キリスト教会の世界を覗いてみましょう。クリスチャン（プロテスタント）も、宗教嫌い・キリスト教嫌いの人も、お気軽にどうぞ！ …御聖体のイエズス、天主の聖母マリア、秘跡や典礼についても書いてみようと思っています。最近では信仰と理性、聖書とキリスト教の関係などの話題も増えています。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir</link>
		</image>
		<item>
			<title>なぜ教皇フランシスコは信者に嫌われるのか</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;black&quot;&gt;&lt;br /&gt;
教皇（ローマ法王）フランシスコが2013年に登位してから約4年が経過した。&lt;br /&gt;
初のアメリカ大陸（アルゼンチン）出身者、初のイエズス会士、初の「フランシスコ」という教皇名、と初物づくしの教皇であり、庶民派との触れ込みも相まって、当初はキリスト教世界に変革をもたらすのではと大いに期待を集めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それが今では、彼の言動が報じられるたびに、「またかよ…いい加減にしてくれよ」「いつまでこの状況を我慢しなければならないんだ」と半ば諦めに近い怒りのコメントがネットに溢れる事態となっている。&lt;br /&gt;
日本の報道機関が教皇を取り上げることは少なく、また教会の御用メディアだけを追っていては気づかないだろうが、海外のカトリック信者の教皇フランシスコに対する視線は極めて辛辣なものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
過去40年で最も嫌われる教皇&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
教皇が、（聖職者や御用メディアが賞賛するのと対照的に）一般信徒からこれほど不人気なのは、ここ数十年では異例と言える。&lt;br /&gt;
1978年に登位したヨハネ・パウロ2世はカリスマ的な人気を誇った。続く前教皇ベネディクト16世は、その正統的な姿勢が反教会的な世俗メディアからは憎まれ異様な程のバッシングを受けたが、彼のチャーミングな人柄を知るカトリック信者たちは、このドイツ人の大学者を敬愛して止まなかった（教皇登位前から世界規模のファンクラブのあった枢機卿は彼くらいだろう）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それにひきかえ現教皇フランシスコは、どうしてこれ程までに信者たちをウンザリさせているのだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
フランシスコが登位した時にカトリック教会が抱えていた喫緊の課題が、バチカンの裏側にうごめく不透明な資金の解明であった。彼は教皇庁官僚上がりではないため、既得権層にも切り込んでいけるものと期待された。&lt;br /&gt;
しかし実際は、新部局を作ったものの結局は権限を取り上げてしまうなど迷走が続き、ようやく外部機関の会計監査を受けると決めても監査が入る直前にドタキャンするなど、赤恥をさらす出来事が続いている。世界中が失望したのも無理はない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
バチカン官僚も頭を抱える失言大魔王&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とはいえ教皇フランシスコの人気凋落の主因は別にある、と筆者は考える。&lt;br /&gt;
爆弾発言で教会を混乱させ無用の対立を煽る、という彼の芸風がもはや耐え難いレベルになってきているのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世界10数億人を抱えるキリスト教会の最高責任者として発言に慎重を期した前任者と違い、フランシスコは肩肘張らない気楽なコミュニケーションスタイルを好む男（、というのがウリだ）。&lt;br /&gt;
非公式な場で記者たちにベラベラと（一介の神父が同じことを言えば譴責されそうなことさえ）話し、それが世界に報道されて波紋を呼ぶやバチカン報道官が「教皇聖下は教義を否認したのではない」「聖下の意図は別にあった」と火消しに走る、というのがお決まりのパターンである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これは単なるドタバタコメディではすまされない。&lt;br /&gt;
というのもフランシスコの「非公式発言」が、教会のプロテスタント化や世俗的価値観への迎合を狙う一部の司教たちを増長させており、世界のあちこちで大っぴらに正統教説に逆らう動きが顕在化しているからだ。当然、正統的な司教たちはそれを批判せざるを得ない。&lt;br /&gt;
こうしてカトリック教会内に深刻な亀裂が生じている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一般信徒にしてみれば、異端的な聖職者と世俗のメディア関係者を喜ばせるだけの「非公式」インタビューはもう受けないでくれ、という思いだ（それはバチカン官僚も同じだろう）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
解決済みの問題を蒸し返す教皇&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
フランシスコの問題発言には、神の啓示（人間が変えることはできない）や、教会が既に権威をもって判断を下している事案に対して、疑問を投げかけるタイプのものがある。&lt;br /&gt;
これはあたかも裁判官が、憲法の規定や最高裁で確定した判決を無視するような異常な状況だ。&lt;br /&gt;
最近話題になったものだけでも、次のような「事件」があった。&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
「女性助祭」再検討？&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
2016年5月に修道女たちを謁見した際の質疑応答で、教皇フランシスコは「女性が助祭になれるかどうかを検討する委員会を設立したい」と発言した。助祭とは司祭の前段階の聖職位階であり、女性助祭を検討するということは将来的に女性の司祭叙階を認めようという意図があるのではと大騒ぎになった。&lt;br /&gt;
正統キリスト教では、聖職に叙階されるのは男性に限られている。これは、キリストには男女多くの弟子がいたが使徒に任じられたのが男性だけだった事実に由来する。教皇ヨハネ・パウロ2世も1994年の使徒的書簡『Ordinatio Sacerdotalis』で、女性を聖職叙階することはできないと再確認している。&lt;br /&gt;
結局、新設された委員会では「女性の助祭叙階の可能性を再検討」ではなく、新約聖書に記録されている「女性執事diaconissa」（執事と助祭は同じ単語diaconusに由来する）の当時の役割を研究する、ということに落ち着いた（古代教会では慈善事業等に従事する役割の女性を「女性執事」と呼んでいたが、聖職位階としての助祭職とは直接つながるものではない）。&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
「同性婚」容認？&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
教皇フランシスコはたびたび不用意な言葉遣いで同性愛に言及し、メディアが「カトリックが同性愛や同性婚を容認するのでは？」と誤報する事態を招いている。&lt;br /&gt;
言うまでもないが、正統キリスト教で同性婚や同性愛行為が容認されることは、未来永劫絶対にない。旧約聖書でも新約聖書でも、同性愛行為は神と自然に背く重大な罪だと明記されている。&lt;br /&gt;
ただし、誤解してはいけないのは、教会は「同性愛的傾向を持つ人」を罪人として断罪しているのではない、ということだ。人は誰しも罪への傾きを持っている。私たちは金銭欲が強く他人の金を自分のものにしたいと思ったり、心が狭く他人の悪口を言いたいと思ったりする。それらの思いは試練ではあるが、実行に移さない限り「罪」ではない。&lt;br /&gt;
一連のフランシスコ発言も、根本的には従来のカトリック教会の教えと同じく「罪を憎んで人を憎まず」、同性愛行為は悪であるが同性愛的傾向という困難を抱えている人を差別してはならない、という意図と受け取るのが正解のようだ。&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
離婚・再婚した人も聖体拝領？&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
キリストは「神が合わせたものを、人間が離してはならない」「妻を離縁して他の女を娶る者は、姦淫の罪を犯すことになる」と仰せになった。有効な婚姻を放棄して別の相手と「再婚」しているということは、実際には本当の配偶者以外の異性と野合同棲している、罪の状態ということである。&lt;br /&gt;
聖書には「ふさわしくない状態で『主のパン』を食べたり、『主の杯』を飲む人があれば、主の体と血に対して罪を犯した者となる」という言葉があり、罪の状態で聖体を拝領することは許されない。離婚して教会外で再婚しているカップルも、（ミサへの参列は勧められるが）聖体拝領は認められない。&lt;br /&gt;
ところが、ドイツを中心にこの教会の伝統に批判的な高位聖職者のグループが存在し、その首領Kasper枢機卿が2014年、「離婚・再婚した人にも聖体拝領を認めよう」と提唱したことで世界的な大論争が沸き起こった。2014年と2015年の2回にわたり家族問題に関する司教会議（シノドス）が開催され、それを受けて教皇フランシスコによる使徒的勧告『Amoris L&amp;#230;titia』が渙発されたが、その内容たるや、読み方によっては再婚者の聖体拝領を認めるとも取れるものだったため、論争はかえって大きくなる始末である。&lt;br /&gt;
実のところ、この問題は教皇ヨハネ・パウロ2世の使徒的勧告『Familiaris Consortio』(1981年)で「再婚者が互いに兄弟姉妹のように暮らす」という条件に限って拝領を認めるという結論が出ている。教理省も1994年にそれを再確認しており、今さら感が拭えない。&lt;br /&gt;
それにも関わらず『Amoris L&amp;#230;titia』であえて曖昧な言葉遣いをして非正統的な実践を黙認するかのような教皇フランシスコに批判が集まった。さらにフランシスコが母国アルゼンチンの司教に、「（再婚者に聖体拝領を認める）あなたたちの解釈は間違っていないと思う」と内密にメッセージを送っていたことが発覚し、問題は収束する気配を見せていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
ベルゴリオ神父は教皇の器ではなかったのか&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
教皇フランシスコは人格的に難がある、という指摘も数多くなされている。好々爺然とした外見とは裏腹に、自己愛的で世間の注目を浴びることにこだわる一方、「自分と考え方が違う」と感じた相手に対しては容赦のない攻撃を加える性質があるのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
前述の『Amoris L&amp;#230;titia』の曖昧な記述のせいで、論争が終息するどころか加熱していることに業を煮やして、4人の枢機卿が2016年9月に質問状を教皇に送付し、再婚者の聖体拝領について明確な説明を求めた。ところが教皇は2か月以上たった今でも、完全無視を決め込んでいることが明らかになったのだ。&lt;br /&gt;
社会通念上も、公的な書状を黙殺するのは礼儀に反する。まして、世界十数億のカトリック信者の救いに関することについて、非公式な示唆を続けるだけで公式の回答を避けるというのは、「地上におけるキリストの代理者」としての責任感を疑われても仕方ないだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
フランシスコのお気に入りのテーマは、異教徒や疎外された人々への愛と寛容だ。一方で正統的なカトリック信者に対しては嫌悪感を隠さない。キリストの福音（喜ばしい知らせ）を人々と分かち合おうとする信者は「改宗至上主義proselytism」、教会の教えに忠実であろうとする信者は「律法主義」と罵倒し、「精神的に問題を抱えている」とまで言い放つ。&lt;br /&gt;
彼の持つ二つの顔のあまりの落差には多くの人が衝撃を受けている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2016年11月に報じられたインタビューでは、フランシスコは「人々の話に耳を傾けることは、福音を宣べ伝えるために不可欠なことだ」と語った。&lt;br /&gt;
しかしその舌の根も乾かぬうちに、「若い人々が、それまで与ったこともない伝統的なラテン語ミサに惹かれるのは理解できない」と発言したのである。「どうしてあれほど頑ななんだ？ 掘れ、掘れ、あの頑なさには絶対、危険な何かが隠れているぞ」。若者の話に耳を傾ける気はないらしい…。&lt;br /&gt;
人の意図を悪く推量することを邪推と呼ぶ。キリスト者の愛徳に反することは言うまでもない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
それでも我々はパパ様を敬愛し、彼のために祈っている&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これまで教皇フランシスコのネガティブな面を論じてきたので、筆者や他のカトリック信者が彼を教皇と認めていないのでは、とか、軽んじているのではないか、と思われた向きもあるかもしれない。それはまったくの誤解である。&lt;br /&gt;
私としては、確かに現教皇のことを前教皇ベネディクト16世ほどには愛せないかもしれない。だが、もしも教皇フランシスコに拝謁する栄誉があれば、最大限の敬意を示すことに何らの躊躇もない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
歴史を振り返れば、邪悪な教皇も多くいたことが分かる。稀代の毒殺者として知られた者もいる。だからといって、カトリック信者の教皇に対する敬意が失われることはない。我々は一人の男が教皇にふさわしい徳性を持つから敬愛するのではない（それは人間崇拝である）。聖霊が自由に与え給う職位に対して敬意を払い、ひざまずくのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
我々カトリックは日々、教皇のためにも祈る。&lt;br /&gt;
通常形式のミサで会衆が教皇のために祈るのを聞くことはほとんどないが、伝統的ラテン語ミサ（特別形式ミサ）の折には毎回、「教皇のためにする祈」が唱えられている。ネットを見ても、フランシスコの不適切な言動が報じられるたびに「聖下のための祈りを倍加しよう」と伝統主義的な信者が互いに呼びかけ合っているのが観察される。&lt;br /&gt;
皮肉なことだが、教皇フランシスコが毛嫌いする正統派信者こそが最も彼のために祈っているのかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Oremus pro Pontifice nostro Francisco! ■&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65437502.html</link>
			<pubDate>Sun, 04 Dec 2016 18:58:22 +0900</pubDate>
			<category>その他人文科学</category>
		</item>
		<item>
			<title>復古主義はどっち</title>
			<description>ラテン語の祈りやグレゴリオ聖歌に魅かれる人々のことを、「第二バチカン公会議前に時計を戻そうとする復古主義者」と誹謗中傷する者(司祭も)が時々いる。的はずれな非難だ。&lt;br /&gt;
正統的な信者は、特定の時代を偶像化しない。是々非々、良いものは残そう、試したけれど失敗したことは改めよう、というまでだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
復古主義者なのは、正統的な信者を指弾する者たちの方だ。&lt;br /&gt;
現代はReform of the Reform、改革の狂乱を冷静に批判的に振り返るフェーズに入っているというのに、好き勝手にできた時代が忘れられないのだ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65426235.html</link>
			<pubDate>Fri, 25 Nov 2016 23:02:55 +0900</pubDate>
			<category>その他人文科学</category>
		</item>
		<item>
			<title>ミサ・典礼　記事一覧</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;black&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;手で受ける拝領と公会議の精神 【ともに考える典礼】&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65363649.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65363649.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;毎週の聖体拝領のために 【ともに考える典礼】&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65310172.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65310172.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;これを取って食べなさい 【ともに考える典礼】&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65296313.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65296313.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;ミサ聖祭の意味 【ともに考える典礼】&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65296249.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65296249.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;【悲報】バチカン、対面式ミサは廃止せずと声明&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65246385.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65246385.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;典礼秘跡省長官の発表（抜粋）	&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65243277.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65243277.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;今年の待降節からミサが東面式になるそうです&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65243232.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65243232.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;【速報】典礼秘跡省長官、東面式ミサを要請&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65183034.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65183034.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;ミサの姿勢は自由だ&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65082135.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65082135.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;イグナチオよ、お前はまだカトリックか&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65057559.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65057559.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;新しい『総則』を盾に跪きを禁じてはならない　―バチカン&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65040908.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65040908.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;それでも僕らはひざまずく&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/64933872.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/64933872.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;立ったままの拝領を強制するのは違法　―典礼秘跡省&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/64916844.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/64916844.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;典礼を口語にするのは無理筋という話&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/64897708.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/64897708.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;【新しいミサ総則】ひざまずいても問題ない&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/64728972.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/64728972.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;枢機卿が痛烈批判！　「対面式ミサは公会議の精神に反している」&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/64683474.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/64683474.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;だから、司祭じゃないってば。&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/64491867.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/64491867.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;国際化時代の今こそラテン語ミサが必要だ ・２&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/64403538.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/64403538.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;国際化時代の今こそラテン語ミサが必要だ&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/64398149.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/64398149.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;ミサの始めに「おはようございます」は禁止 ―枢機卿&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/64251226.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/64251226.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;母をたずねてウン十年&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/62223707.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/62223707.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;ミサの新しい英語訳、承認さる&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/55403766.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/55403766.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;バチカン、跪き舌で受ける聖体拝領を義務化へ&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/54901804.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/54901804.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;教皇、全ての小教区にラテン語ミサを希望 &lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/54756323.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/54756323.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;「背面式祭壇の使用を優先すべき」・・・典礼秘跡省&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/54622451.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/54622451.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;教皇自発教令（試訳）　Summorum Pontificum (motu proprio)&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/48877476.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/48877476.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;［速報］出ました！&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/48765307.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/48765307.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;聖伝のミサ復興するmotu proprioのタイトル&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/48711352.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/48711352.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;続報・motu proprio近日公布とバチカン公式発表&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/48583458.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/48583458.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;Motu proprio、7月7日に公布へ&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/48583252.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/48583252.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;イリチタ・セド・ヴァリダ。&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/44681870.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/44681870.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;キリストによって、キリストとともに&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/40686279.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/40686279.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;ミサ通常文から&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/39074696.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/39074696.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;平和の挨拶 １&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/29119285.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/29119285.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;祈りのことば&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/27917562.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/27917562.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;日本は無関係？&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/22660590.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/22660590.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;典礼秘跡聖省･教令『Liturgiam authenticam』&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/17608940.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/17608940.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;「典礼聖歌」最強伝説&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/11599472.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/11599472.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;拝領に並ばなきゃダメ？&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;　&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/11400940.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/11400940.html&lt;/a&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65422808.html</link>
			<pubDate>Wed, 23 Nov 2016 10:28:45 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>手で受ける拝領と公会議の精神 【ともに考える典礼】</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;black&quot;&gt;&lt;br /&gt;
先日、ある信者さんと話す機会がありました。その人は手で受ける聖体拝領を高く評価し、口で受けるよりもよいと主張しました。そして、手で受ける拝領は第２バチカン公会議後の典礼改革の精神に沿ったものだと言うのです。とても驚きました。&lt;br /&gt;
確かにここ数十年で、手で受ける拝領は一般的になっています。けれども、典礼改革にたずさわった司教さまたちに、そのような考えはなかったのです。また、教会は、手に授けることを許可はしても、決してそれを望んではいないのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第２バチカン公会議が終わった後、典礼改革を主導した張本人である教皇パウロ６世のもとで発布された教令『メモリアーレ･ドミニ』を見てみましょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
教令は、手で受ける拝領がふさわしいかどうか、司教さまたちにアンケートをとった事情を記しています。&lt;br /&gt;
手で受ける拝領には、“訐廚悗梁嵯匹薄れる、秘跡の神聖さを汚す、６亀舛慮躄鬚鮠靴、という３つの危険があるのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
司教たちへの質問&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
伝統的な方法以外に、聖体を手に授ける礼式も許可すべきだと考えますか？&lt;br /&gt;
賛成　　　　５６７&lt;br /&gt;
反対　　　１２３３&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
十分な教義的準備を受けた後、信者はこの新しい礼式を快く受け入れると思いますか？&lt;br /&gt;
賛成　　　　８３５&lt;br /&gt;
反対　　　１１８５&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この結果を受けて、教令は「大多数の司教は、伝統的な規則を少しも変えるべきではないと考えています。そして、この規則を変更すると、多くの信者の霊的な感受性と礼拝心を減少させてしまうことになるために、心配しています。」と言って、次のような結論を出しています。&lt;br /&gt;
「伝統的な方法は維持されなければなりません。･･･教皇は、信者に聖体を授けるための伝統的方法を変更すべきだとは考えませんでした」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もちろんこれは、教会が手で受ける拝領を禁止している、ということではありません。たとえば日本でも、条件付きですが、司祭が信徒の手に授けてもよい、という許可をローマからいただいています。&lt;br /&gt;
ただ、それは「手に授けるのも許す」という許可であって、口に授ける方法が変更されたり廃止になったりしたわけではありません。また、教会が、手に授けるよりも口に授けるべきだし、信徒にとっても口で受けた方がよい、と考えていることに変わりありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
初めに述べた信者さんはきっと、教会の教えや司教さまたちの考えを知らなかったのですね。第２バチカン公会議は大きな変革をもたらしましたが、私たちもそれを正しく理解した上で、聖霊のお導きをたたえたるようにしたいものです。■&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65363649.html</link>
			<pubDate>Mon, 10 Oct 2016 11:17:46 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>教皇のためにする祈 【公教会祈祷文（ラテン語つき）】</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;black&quot;&gt;&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
教皇のためにする祈&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
われらの教皇（……御名）のために祈らん。&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;▲&lt;/font&gt;主願わくは、教皇を守り、かつながらえしめ、この世において幸いならしめ、敵の手にわたし給わざらんことを。&lt;br /&gt;
汝は岩（ペトロ）なり。&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;▲&lt;/font&gt;われこの岩（いわお）の上にわが教会を建てん。&lt;br /&gt;
祈願　&lt;br /&gt;
すべての信者の牧者、かつ主宰者（しゅさいしゃ）にまします天主、主は御摂理（おんせつり）によりて主のしもべなる（……御名）を教会の牧者として、これを司どらしめ給えり。願わくは教皇の上に御慈悲（おんじひ）をたれ、その教訓と模範とによりて、すべての信者をますます善徳に進ましめ、委ねられたる群と共に、永遠の生命にいたるを得しめ給え。われらの主キリストによりて願い奉る。&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;▲&lt;/font&gt;アーメン。&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
Oratio pro Summo Pontifice&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;&lt;br /&gt;
V. &lt;/font&gt;&lt;/b&gt;Or&amp;#233;mus pro Pont&amp;#237;fice nostro &lt;font color=&quot;red&quot;&gt;&lt;b&gt;&lt;i&gt;N.&lt;/i&gt;&lt;br /&gt;
R. &lt;/b&gt;&lt;/font&gt;D&amp;#243;minus cons&amp;#233;rvet eum, et viv&amp;#237;ficet eum, et be&amp;#225;tum f&amp;#225;ciat eum in terra, et non tradat eum in &amp;#225;nimam inimic&amp;#243;rum eius. &lt;font color=&quot;red&quot;&gt;&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
V. &lt;/b&gt;&lt;/font&gt;Tue es Petrus. &lt;font color=&quot;red&quot;&gt;&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
R. &lt;/b&gt;&lt;/font&gt;Et super hanc petram &amp;#230;dific&amp;#225;bo eccl&amp;#233;siam meam.&lt;br /&gt;
Or&amp;#233;mus.&lt;br /&gt;
Deus, omnium fid&amp;#233;lium pastor et rector, f&amp;#225;mulum tuum &lt;font color=&quot;red&quot;&gt;&lt;b&gt;&lt;i&gt;N. &lt;/i&gt;&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;, quem past&amp;#243;rem Eccl&amp;#233;si&amp;#230; tu&amp;#230; pr&amp;#230;esse volu&amp;#237;sti, prop&amp;#237;tius r&amp;#233;spice: da ei, qu&amp;#230;sumus, verbo et ex&amp;#233;mplo, quibus pr&amp;#230;est, prof&amp;#237;cere: ut ad vitam, una cum grege sibi credito, perv&amp;#233;niat sempit&amp;#233;rnam. Per Christum D&amp;#243;minum nostrum. Amen.&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65318590.html</link>
			<pubDate>Wed, 07 Sep 2016 00:01:00 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>毎週の聖体拝領のために 【ともに考える典礼】</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;black&quot;&gt;&lt;br /&gt;
現在、カトリック信徒のほとんどが、ミサに与るたびに聖体拝領をしています。&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;教会の掟では信徒は １年に１回 拝領すればよい&lt;/b&gt;のですが、霊魂がふさわしい状態にあれば、そして単なる習慣にならないなら、毎週でも毎日でも聖体拝領してもよろしいでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし私たちは本当にいつも、聖体拝領ができる条件を満たしているのでしょうか？&lt;br /&gt;
そもそも、&lt;b&gt;「司祭とともに犠牲をささげることがミサの本質であって、必ずしも聖体拝領をする必要はない」&lt;/b&gt;ということを理解しているでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回は、教皇聖ピオ10世の教令『サクラ･トリデンティナ･シノドス』を参考にして、頻繁な（毎週・毎日の）聖体拝領のための教会の教えを見てゆきましょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
聖体拝領が許される条件&lt;br /&gt;
&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
教令では、聖体拝領のために守るべき条件として、３つを挙げています。&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
　１．恩恵の状態にあること。&lt;br /&gt;
　２．正しい意向と信心を持っていること。&lt;br /&gt;
　３．拝領前の準備と拝領後の感謝を十分にすること。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
恩恵の状態&lt;br /&gt;
&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
一つ目の「恩恵の状態」というのは少し難しい表現ですが、簡単に言えば、大罪が無いことです。&lt;br /&gt;
まさか、「ミサの後で告解すればいいや」などと思っている人はいませんね？ 大罪を持った状態で主の体を拝領するのは、それ自体が涜聖の大罪です。&lt;br /&gt;
使徒聖パウロの言葉を聞きましょう。使徒は、告解せずに主の体を拝領する者に対し、恐ろしい言葉で警告しています。&lt;br /&gt;
&lt;font color=&quot;blue&quot;&gt;&lt;br /&gt;
ふさわしくない状態で「主のパン」を食べたり、「主の杯」を飲む人があれば、主の体と血に対して罪を犯した者となるのです。一人ひとり自分がふさわしいものであることを確かめてから、パンを食べ、杯から飲みなさい。主の体を弁えずに食べたり飲んだりする者は、自分自身に対する裁きを飲み食いしているのです。&lt;br /&gt;
&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
なお、小罪であれば、たとえそれが故意に犯した罪であっても、再び犯さないという決心があれば拝領できます。トリエント公会議によれば、聖体は「毎日の過ちをゆるし、大罪を予防する薬」なのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
正しい意向と信心&lt;br /&gt;
&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
二つ目の「正しい意向」とは、聖体拝領が単なる習慣ではなく、また、「拝領しないと周囲の人にどう思われるだろう」という見栄からでもなく、神を喜ばせようという気持ちや、神と愛のきずなで結ばれ、自分の弱さや欠点をなおそうとする気持ちからすることです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また「正しい信心」とは、別な教令によれば、&lt;br /&gt;
・拝領に際して教会が要求する宗教的知識（教理の知識）を持ち、&lt;br /&gt;
・信仰の秘儀を正しく理解して、聖体と普通のパンとの区別をつけられること、&lt;br /&gt;
・聖体を礼拝すること、そして&lt;br /&gt;
・敬虔に拝領することです。&lt;br /&gt;
（果たして現在、私たちはこの「礼拝」「敬虔」を示しているでしょうか…!?）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
拝領前の準備と拝領後の感謝&lt;br /&gt;
&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
「裁きを受けに集まることにならないように」、拝領する前にゆるしの秘跡を受けるとともに、最低でも拝領の１時間前から&lt;font color=&quot;blue&quot;&gt;(注)&lt;/font&gt;は断食しなければなりません。水と医薬品は許されますが、それ以外の飲食は一切、拝領前にしてはいけません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、拝領した後は、主が私たちのような罪深くみじめな者にまでいつくしみを示し、言い表すことができないほどの恵みをくださったことを感謝して、一人ひとりが祈るようにしましょう。&lt;br /&gt;
この感謝の祈りは、個人の能力や状態に応じたものであるように、と記されています。一般的には、ミサの後15分程度は聖堂に残って静かに祈るのが適当だとされているようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
主イエズスが十字架上でおささげになった「救霊のいけにえ」の祭に集う私たちが、主の尊い体を、裁きとしてではなく恵みとして拝領し、主の神秘体に加えられますように。■&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font color=&quot;blue&quot;&gt;(注)&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
カトリック教会の伝統では、聖体拝領をしようとする際には、病人等を除き深夜0時から水を含め一切の飲食をしてはならなかった（Cf. &lt;i&gt;S.T.&lt;/i&gt;, III, qu.80, art.8）。20世紀になり拝領前３時間の断食（水や医薬品を除く）へと緩和され、第2バチカン公会議後には拝領前１時間とさらに短縮された。&lt;br /&gt;
しかし、たった１時間では、教会までの移動時間やミサ開始から聖体拝領までの時間を考慮すると、実質的には断食を不要としているに等しい。これほどまでに弛緩した規定が適切であるのか、大いに議論の余地があろう。&lt;br /&gt;
&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65310172.html</link>
			<pubDate>Wed, 31 Aug 2016 18:59:00 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>幼きイエズスの聖テレジアの精神を求むる祈 【公教会祈祷文】</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;black&quot;&gt;&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
幼きイエズスの聖テレジアの精神を求むる祈　&lt;/b&gt;（十月三日）&lt;br /&gt;
主イエズス・キリスト、主はかつて、なんじらもし幼児（おさなご）の如くならざれば、天国に入ること能わざるべしとのたまえり。&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;▲&lt;/font&gt;さればわれらをして、けんそんと単純なる心とをもって、聖テレジアの跡を慕わしめ、天国の永福を受くるを得しめ給わんことを、主の御慈（おんいつく）しみによりて願い奉る。アーメン。&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65296298.html</link>
			<pubDate>Thu, 25 Aug 2016 00:01:00 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>聖フランシスコ・ザベリオにならいて善徳を求むる祈 【公教会祈祷文】</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;black&quot;&gt;&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
聖フランシスコ・ザベリオにならいて善徳を求むる祈　&lt;/b&gt;（十二月三日）&lt;br /&gt;
ああ天主、主は聖フランシスコ・ザベリオの奇蹟と聖役（せいえき）とによりて、わが同胞に主の御教（みおし）えを伝え給えり。&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;▲&lt;/font&gt;願わくは、その栄えある功徳（くどく）を讃うるわれらをして、その善徳を学ばしめ給え。われらの主キリストによりて願い奉る。アーメン。&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65296296.html</link>
			<pubDate>Wed, 24 Aug 2016 00:02:00 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>聖アンナに対する祈 【公教会祈祷文】</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;black&quot;&gt;&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
聖アンナに対する祈　&lt;/b&gt;（七月二十六日）&lt;br /&gt;
全能永遠の天主、主は人類を救わんために聖マリアの御胎内（ごたいない）に御独（おんひと）り子を託身（たくしん）せらるるに当り、聖マリアの御母（おんはは）として聖女アンナを選び給えり。&lt;font size=&quot;1&quot;&gt;▲&lt;/font&gt;キリスト信者なるわれらは、聖アンナの慈しみあふれたる清き御生活（ごせいかつ）を家庭の模範となし、聖女がその御子（おんこ）なる聖母を養い育て給いし如く、母たるものはまことの母性愛をもって子女を育て得るよう、聖女のあつき御保護（ごほご）を祈り奉る。アーメン。&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65296295.html</link>
			<pubDate>Wed, 24 Aug 2016 00:01:00 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>これを取って食べなさい 【ともに考える典礼】</title>
			<description>&lt;font size=&quot;2&quot; color=&quot;black&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;「これを取って食べなさい」&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この言葉は、今から2000年近く前の聖木曜日、主が聖体の秘跡を制定される際におっしゃったものです。ミサの中で司祭がホスチアを全質変化させる時の言葉の中にも入っています。&lt;br /&gt;
さて、この「取って」という言葉を根拠にして、信徒が手で受ける聖体拝領を弁護しようとする人がいるそうです。けれども、そのように解釈することができるでしょうか？ &lt;br /&gt;
今回は、誤解の多い「これを取って食べなさい」という言葉について考えてみましょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
「取る」とはどういう意味の言葉か&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここで「取る」と訳されている箇所は、聖書の原文（ギリシャ語）では、「持ち上げる」という意味の単語が使われているそうです。&lt;br /&gt;
「持ち上げる」とはどういう意味でしょうか。これは明らかに「奉挙」すなわち「神に向かってささげ持つ」ということを意味しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
犠牲であるキリストを神にささげることは、「司祭の手を通して」行なわれますね。&lt;br /&gt;
ですからここは、信徒の拝領の手順を示しているのではなく、聖体の秘跡の手順を示しているということになります。聖体制定の場面なのですから、文脈からもそう読むのが自然です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
誰に対して語られた言葉か&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
語句の意味を離れて、聖書の流れからも見てみましょう。最後の晩餐には、主のほかに12人の使徒だけしかいませんでした。つまり、主の言葉は、使徒たちに向けられたものだということです。&lt;br /&gt;
さて、「使徒」は｢司教｣を意味しているということは、カトリックの重要な信仰箇条ですからご存知ですね。つまり、ここでの主の言葉を、信徒全員に向けたものだと解釈することは困難なのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
聖職者と一般信徒を区別することは、差別ではありません。&lt;br /&gt;
この区別は、人間的な価値によるものではなく、神の自由な選びによる、仕事の分担を示すものです。主はご自分が選んだ特定の弟子たちにだけ、聖体の秘跡を執り行ない、神に犠牲をささげる役目をお与えになりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
使徒聖パウロは言います、「皆が使徒であろうか」と。&lt;br /&gt;
キリストの体を手にとって神にささげる使命は、すべての人に与えられているわけではありません。神によって召し出され、その目的のために手に油を塗られた聖職者だけが、その務めを果たすのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
どのような意図で語られた言葉か&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「取って食べなさい」がすべての信徒に対してではなく、使徒に対して語られた言葉であることは、聖書本文からも簡単に理解できます。&lt;br /&gt;
キリストは聖体の秘跡を制定し、「これをわたしの記念として行ないなさい」と言われます。この言葉によって、司祭が罪のあがないの犠牲を世々にいたるまでささげ続けることが命じられたのです。&lt;br /&gt;
もしもこの場面の主の言葉が、すべての信徒に向かって言われたものだとしたら、どうでしょう？ すべての信徒がミサを司式し、聖体の秘跡を執行するべきである、ということになってしまいます！ それはどう考えてもおかしいですね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「取って」だけではありません。「食べなさい」も信徒に向けて命じられたものではないのです。&lt;br /&gt;
ミサの規則でも、信徒が拝領することは必ずしも必須ではありません。仮に参列した信徒が誰も聖体拝領しなくてもよいのです。しかし、司式司祭は必ず拝領しなければならない、と定められています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
教会の基本ルールは口で受ける拝領&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このように、「これを取って食べなさい」という言葉をもとにして、信徒が手で受ける聖体拝領を正当化することはできません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もちろん、だからといって手で受ける拝領が絶対に禁じられている、ということではありません。全世界共通のルールは聖体を口で受けることですが、日本の信徒が手で受けることには教皇庁の許可が与えられています。&lt;br /&gt;
ただ、その際に教皇さまは「教会の望みは、手ではなく口で受けることです」とおっしゃった、ということを付け加えておきましょう。■&lt;br /&gt;
&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/agnus_d_vir/65296313.html</link>
			<pubDate>Tue, 23 Aug 2016 04:16:00 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		</channel>
	</rss>