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無年金者:推計で3万人にも 受給資格ありながら知らずに

 年金受給資格を満たしているのを知らない無年金者が推計約3万人に上ることが1日、社会保険庁が初めて実施したサンプル調査でわかった。持ち主が分からない宙に浮いた年金記録が原因のケースが多く、社会保険事務所で「資格を満たさない」と言われていた人もいた。世界でも突出して厳しい受給資格(保険料納付期間が原則25年)を満たしながら、無年金者となっている人が多数いる実態が裏付けられた。

 調査は5〜6月、今後保険料を納めても納付期間が25年に満たないとされる60歳以上(07年4月時点)の無年金者73万人から1628人を無作為抽出して実施。685人(42.1%)から回答を得た。

 回答を基に年金記録などを調べた結果、回答者の4.6%にあたる32人が受給資格を満たしていることを知らなかった。死亡した人を除くと、約3万人がこうした状態にあると推計されるという。

 32人のうち21人は、宙に浮いた年金記録が見つかった。また、会社員や公務員の専業主婦の妻は年金加入が任意だった86年3月までについて、期間を合算できるが、この合算をしていない人も21人いた。

 受給資格を知らなかった理由については、32人中4人が「過去に年金相談をしたら資格期間を満たさないと言われた」と答えた。

 このほか、受給資格を満たしていることを「知っている」と62人が答えた。「受給年齢に達していない」などと説明したという。

 社保庁は「無年金者を生じさせないよう申請などの周知を進めたい」としている。

 社保庁は一連の年金記録問題を受けて07年、無年金者について、今後納付しても保険料納付25年を満たさない人などを▽60歳未満45万人▽60〜64歳31万人▽65歳以上42万人の計118万人−−と推計。昨夏以降、記録漏れや窓口職員のミスなどから、資格を満たしながら受給できずにきた人が明るみに出始めていた。【毎日新聞】

帽子の文字「PEACE POT MICRODOT」  三浦元社長が10日、サイパンからロサンゼルスに移送される際、かぶっていた黒の帽子に書かれた英単語を合わせると、「またね」など別れのあいさつを意味する内容だったとして、インターネット上で話題になっている。帽子は三浦元社長の私物とみられ、移送中はずっと目深にかぶっていた。取材陣の間でも、「何かのメッセージでは」と、意味をめぐり注目されていた。

 三浦元社長が移送中にかぶっていたのは、野球帽のような帽子。私物とみられ、黒で、つばの上に大ぶりな白地の英文字が並んでいた。それぞれ単語で「PEACE(ピース)」「POT(ポット)」「MICRODOT(マイクロドット)」と読み取れる。

 関係者によると、それぞれの単語は規制薬物を意味する際の俗語(スラング)だという。さらに、3つの言葉を合わせると米国の若者が使う「あばよ」「またね」など、別れ際の軽いあいさつを意味する内容の俗語になることでも知られている。また、米国の若者が使うスラングを集めたウェブサイトによると「お幸せに、そしてさようなら」という意味だという。

 三浦元社長はサイパンの拘置施設を出て飛行機に乗り、ロスに到着するまで、ずっと帽子をかぶり続けていた。機内では、マスコミの取材に「一切コメントしません」と答える代わりに、帽子を脱ぐことはなかった。そのため、死を暗示する内容だったのではないかとの憶測を呼んでおり、インターネット上の掲示板2ちゃんねるでも、話題になっている。

 実は、取材陣の間でも帽子の英文に何か元社長のメッセージが込められているではないかと話題になり、10日に行われたロス市警の会見でも質問が出たほど。ただ、三浦元社長を移送したリック・ジャクソン捜査官は「(誰が渡したかは)分からない。(元社長が)自分で着用した。彼が好きで買ったと聞いているが、サイパンで買ったかどうかは分からない」と話すにとどめていた。

日本郵政:貯金担当の外務員配置 10〜15局に1人

会見で記者の質問に答える日本郵政の西川善文社長=東京都千代田区で2008年9月30日午後3時13分、三浦博之撮影 日本郵政の西川善文社長は30日の定例会見で、民営化で低下した地域サービスを向上させるため、09年度中をめどに、郵便局10〜15局程度に1人の割合で、貯金担当の外務員を配置する方針を明らかにした。小包の集荷についても、数局程度に1台ずつ郵便局専用の集荷用車両を配備する方針という。

 民営化以前は郵便配達員が郵便を配達するついでに顧客の貯金を預かったり、郵便局員が電話一本で小包の集荷に行くなど幅広い業務を担当できた。だが、民営化に伴う分社化で郵便配達員が貯金を預かったり、郵便局員が車で小包を集荷することができなくなり、高齢化が進む過疎地を中心にサービス低下が問題になっている。西川社長は「可能な限りサービスの維持向上に努めたい」と強調した。

太田農水省謝罪 事故米ずさん調査認める 米粉加工販売会社「三笠フーズ」(大阪市)による汚染された事故米の不正転売問題をめぐり、衆院農林水産委員会の閉会中審査が18日午前開かれ、出席した太田誠一農水相は冒頭、「消費者の『食の安全』に対する不安を招いたことに責任を痛感している」と述べ、陳謝した。また、農林水産省側は三笠などに対するこれまでの調査がずさんだったことを認めた。国会で同問題を取り上げるのは今回が初めて。(産経新聞)

漫画家の赤塚不二夫さん死去=「天才バカボン」などで一時代 「天才バカボン」などのギャグ漫画で一時代を築いた漫画家の赤塚不二夫(あかつか・ふじお、本名藤雄=ふじお)さんが2日午後4時55分、肺炎のため、東京都内の病院で死去した。72歳だった。旧満州(現中国東北部)出身。葬儀は未定。
 1946年に旧満州から引き揚げ、奈良県と新潟県で少年時代を過ごす。故手塚治虫さんの漫画に感動して漫画家を志し、中学卒業後に上京。化学薬品工場で働きながら漫画を投稿した。56年、「嵐をこえて」でデビュー、故石ノ森章太郎さんらとアパート「トキワ荘」で暮らし、腕を磨いた。
 62年から少年サンデーに連載した「おそ松くん」が爆発的な人気を獲得。以後、「ひみつのアッコちゃん」「天才バカボン」「もーれつア太郎」とたて続けにヒット作を出し、これらの漫画から生まれた「シェー」「これでいいのだ」などのせりふやポーズが大流行した。
 漫画以外の分野でも、テレビ番組の司会者を務めたり、オペラ、ミュージカル、ジャズフェスティバルなどを手掛けたりした。ピアニストの山下洋輔さん、タレントのタモリさんなど交友関係も広かった。97年日本漫画家協会文部大臣賞、98年紫綬褒章受賞。 
 97年12月に食道がんで「余命一年」と宣告されたが、半年後に仕事復帰。2000年8月にも自宅で転び、硬膜下出血で開頭手術を受けたが奇跡的に復活した。02年4月、脳内出血で手術を受け、三度目のカムバックを期して治療を続けていたが、今年春にかかった肺炎が2日になって急に悪化したという。

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