伝通院
文久三年(1863)幕府は、将軍家茂の上洛を前に
浪士を募集して京都の治安維持にあたらせようとしました。
清河八郎の献策により浪士組が結成され,
近藤勇、土方歳三、沖田総司ら試衛館道場の仲間と共に参加しました。
処静院にて二月四日に集会が行われ、二月八日に京に向けて出発しました。
後に、清河と対立し近藤ら試衛館の一派と芹沢鴨一派らは京都に残り新選組として京都
の警備にあたることになりました。
一方、江戸に戻った清河は、幕臣の佐々木只三郎らによって暗殺されました。
場所 東京都文京区小石川
清河八郎の墓
処静院跡の石柱
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