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(故郷の朝焼けに染まる富士)
突然ですが
2007年1月20日から
途絶えがちでしたが
細々と
綴ってきました
ブログを休止したいと 思います
思い起こせば
多くの方々との
出会いと別れがありました
ネット上ですが
みなさんから
多くの 励ましや 元気を
頂戴いたしました
今は
「遅発性ジスキネジア」という
想像だにしなかった
抗精神病薬による薬害と闘っていますが
必ず
健康な身体と心を取り戻して
復活し
残された 人生を
有意義なものにしたいと 思います
みなさんも
健康には くれぐれも注意され
豊かな日々を
お過ごしください
このプログは
ある意味
私の生きた証です
閉じることはしないで
このまま
残したいと思います
本当に
長い間 お世話に なりました
有難うございました
いつか
また
会いましょう
あーちゃん
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私の入院している病院(精神・神経科)には
喫煙所が 2箇所ある。
1つは 新患の受付や入院費の支払いをする 1階事務局や薬剤室のある禁煙室。
ここは 換気がすこぶる悪い。
入室しただけで 涙がにじむ。
(オールデイズの ♪ 煙が目にしみる ♪ のような ロマンチックさはない)
衣類にタバコの臭いがついてしまうという。
私の臭覚は 大分戻ってきたが タバコの臭いは まだ分からない。
馬鹿デカイ空調機が置いてあるが フィルター交換サインが点いたまま。
事務局に何度かクレームを付けたが 直す気配は無い。
公益財団法人(利益を追求してはならない組織)だから 予算が無いのか?
もう 1箇所は 先に紹介した2階の中庭。
その時の記事は 以下のサイト。
この中庭は お気に入りの場所だ。
私の入院室が 2階なことも好都合。
ここで 一服しながら 入院仲間と多くの語らいを設けた。
そのうちのお一人は 著名な 古典文学の研究者だった。
偶然にも ベッドは カーテンひとつ隔てた お隣同士。
誘われて 神楽坂周辺を散歩したり。
何か人をひきつける魅力のある方だった。
奥深い教養と知識で 会話が上手だったのかも知れない。
人との距離間を バランス良く取ることにも長けていた気がする。
「どこかで聞いたお名前だナ」 と思っていたが
この方が退院されてから
ネットでググってみたら やっぱり 想像通りだった。
携帯のアドレス交換をしておいた。
外来での通院時には お元気な顔を見せていただける。
禁煙。
タバコを吸い始めて 30ウン年が過ぎた。
初めて吸ったのは 二十歳を過ぎてから。
そういう意味では 真面目で正しい日本の青年だった。
いきなり奥深く煙を吸い込んだら
目がグルグル回り 吐き気がし
下宿先の協同トイレに駆け込んで 30分ほどゲイゲイやっていた。
「きょうも 元気だ タバコが うまい」
こんな 専売公社のポスターがあったのを思い出す。
確か ハイライトの広告だったという あやふやな記憶がある。
私が 吸い始めたのは マイルドセブンだった。
チェリーを吸っている 友人もいた。
TV番組・西武警察の山さんが吸っている姿にあこがれて
猿真似をしていたようだが。
タバコ
遅発性ジスキネジアに侵されてから
美味しくなくなってしまった。
煙が通るノドや鼻は 粘膜の組織が多い。
担当医や 耳鼻咽喉科の医師からも
タバコは 控えるように注意されていた。
ニコチン・パッチを買ってみた。
6〜7枚入りで 3千円近かったと思う。
「うつ病を患った方は 使用しないこと」と書かれている。
ナースステーションに持って行き 担当医と薬剤師の 判断を仰いだ。
特に問題ナシという。 これを 毎朝 1枚ずつ身体の一部に貼って置く。
刺激が強いから
毎日 違う場所に張り替えていく。
貼っていても 吸いたい気持ちに変わりはない。
ナンバー1で禁煙できなければ ナンバー2が売られている。
私は ナンバー2まで買った。
6千円ほどの出費か。
これで 止められなければ 大馬鹿だと言い聞かせた。
元気に働いていた頃は 1日に1箱強吸っていた。
本数にすれば 25本程度か。
アルコールが入ると 本数は増えた。
入院前は 10本程度。
パッチを貼り始めてから
ニコチン・タール値を 6ミリ〜3ミリ〜1ミリの銘柄に変えた。
併せて 1日に吸う本数を 7本〜5本〜3本〜1本に減らした。
約2週間で 長年吸い続けたタバコと オサラバできた。
入院して良かったことは
今のところ この禁煙成功くらいか。
現在 禁煙38日目。
油断はできない日々ではある。
タバコを止めた時期と
ジスキネジアに対応する薬による 1番苦しい時期が重なり
動けない程 苦しい日々が続いた。
タバコの禁断症状を侮っては いけない。
冒頭の写真は 捨てるつもりのライターで
「キンエン」の文字を描いて 遊んでみた。
漢字にしようと思ったが
ライターの数が足りず カタカナになった。
(前回の記事 【恐怖!! 薬の副作用】 には
ここ最近では まれにみる沢山の訪問者があり
コメントもいただきました。
ありがとうございました。
私の目標は、あくまで、薬から離れた、当たり前の健康な生活です。
自身も、現在の病院・治療が正しいのか否か迷うこともシバシバですが
随時、状況を記事にしながら、難治性と言われる遅発性ジスキネジアの回復を
待ちたいと思います。
とは、言うものの、現在も全身が圧迫されているような不可思議な重痛い感覚。
自分の身体では無いような怖さ。
色々ありますが、自分なりに闘っていきます。
昼食を済ませ、体調の良い時間を見計らって、帰院したいと思います)
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コメント(8)
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こんばんは
本日午後から 明後日の午後まで
外泊許可をもらって 自宅に帰っています
(愚痴だらけの つまらない 入院記事を ご覧いただきまして
ありがとう!)
上記の動画は
スルピリド (抗うつ薬 ドグマチール)を
5年間服用した
七十代の女性の映像です
この方は
アカシジア(手足が勝手に動いてしまう)と
遅発性ジスキネジア(喉や口が勝手に動いてしまう)の
両方を 併発されているようです
私の場合は 後者の
遅発性ジスキネジア
喉や舌が 動いてしまう 不随意運動です
こんなに激しくは ありませんが
ネバネバした ヨダレを伴います
非常に 不快な 日々です
現在の処方薬
朝食後 ・抗うつ薬 サインバルタ 20mg×1カプセル
・筋弛緩薬 ダンドリウム 25mg×2カプセル
(喉や舌の筋肉を和らげる薬です)
夕食後 ・抗テンカン薬 デパケン200×3錠
就寝前 ・抗うつ薬 テトラミド 10mg×1錠
・抗テンカン薬 リボトリール 1mg×3錠(ベンゾジアゼビン)
・筋弛緩薬 ダンドリウム 25mg×2カプセル
・眠剤 ロプヒノール(=サイレース) 1mg×1錠(ベンゾジアゼビン)
・便秘薬 プルセニド 12mg×1錠
このうち
遅発性ジスキネジアに 対応する薬は 以下の通りです
・ダンドリウム
・リボトリール
副院長先生(精神薬薬については 日本の権威者)によると
この量は MAXとのこと
これ以上増やさないように
ご指導 いただきました
担当医と
いつも かみ合わないのが
私自身は ウツの域を もう2年以上脱していることを 主張し
これに対して 担当医は
気分の波があるということで
サインバルタ と デパケン(気分安定のため)が
処方されています
テトラミドは ほぼ 眠剤代わりです
常に苦しかった 症状は
朝食前や 夕食前に 特に辛いに
やや変わって きました
空腹時に ヨダレが大量となり
口内の引きつりや痛み
鼻の奥の方や
眉間が
圧迫されているような 痛みがあります
ネバネバ粘液(ヨダレ)は なるべく 飲み込む ようにしています
ヨロヨロした 足取り
まだまだ つらい 日々ですが
何とか 元気に過ごせています
復活した
散歩 ラジオ体操参加や 卓球の楽しみ
食事は
いかにもの 病院食
1日の総カロリー 1800前後
これでは 老人食です
朝食には ヨーグルトとバナナを追加しました
昼・夕のご飯を 大盛りにしました
買ってきた副菜も 加えています
3時には おやつも 食べます
毎食時 低脂肪牛乳を欠かしません
入院時 51キロだった 体重は
58キロまで 回復しました
(元気だった頃は 63キロ)
さすがに オジサンですね
腹回りから 太り始めました
ベンゾアゾビン系
こんな薬を
また 飲むことになるとは 思いませんでした
仕方ありません
治療のため
眠るため
遅発性ジスキネジアに 侵された
入院 159日目の つぶやきでした。。。
【すべての方が この様な 症状を呈する訳ではなく
服用する者の体質や 服用年数によりますが
薬害であることは 間違いありません・・・・ 】
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こんばんは
上記の写真は 私の住む街を流れる 石神井川(しゃくじいがわ)の
桜並木です
毎年 3月末〜4月上旬になると
春爛漫の風情を楽しませてくれます
残念なことに
ここ数年は 歩いても行ける場所なのに 遠い場所になっています
一昨年(2010)は 躁状態が 前年の11月頃から
3ヶ月ほど続いた後に ド〜〜ンと落ち込んで 行けませんでした
昨年は 今の遅発性ジスキネジアの症状が辛くて
行く事を あきらめました
(この時は 自身の症状が 薬害であろうという予感を持ち
電子掲示板bbsに 相談しながら 減薬→断薬を 進めていました)
今年も行けないまま
春は 私を素通りして 過ぎ去りました
何故 こんなに 体調が悪いのだろう?
こんな 苦しさは 味わったことがない
入院先付近の もう散り始めた 桜を求めて
ヨロヨロと 歩き周りました
私の全身を
春風と共に 桜吹雪が 降りかかってきました
私は 洋服に付いた 桜の花びらを 手にとって眺めながら
(あぁ 今年も あの場所には 行けなかった・・・)
そんな思いを抱えながら 一生懸命歩いて 病院にたどり着きました
外出から帰った私を見て
ナースステイションに居た 看護師が
私の髪の毛に 落ちていた
花びらを そっと 手に取って
笑顔で言いました
「お土産なんですネ 押し花にでも しますか?」
私は
一片の花びらを
そっと 日記帳の中に 収めました
ある日のこと
副院長先生を見かけました
この先生は 精神病薬に関しては
日本でも 有数な 権威者
外国への出張や 講演等で 中々 見かける機会が ありません
残念なことに 私の担当医でも ありません
しかし
自身の 遅発性ジスキネジア&経路錐体障害からの
解放を求めて 貪欲に 副院長先生に 答えを求めます
私 「副院長先生 ここ1月程の 何とも言えない辛さは
いつまで続くのでしょうか? 治るのでしょうか?」
副院長先生
「随分 喉が震えますね 辛いでしょうね
治療開始から 4〜5ヶ月目くらいが 1番苦しい時期です
服用した薬の種類や期間や 体質にもよりますが
1年以内には 恐らく 治まっていくでしょう
筋弛緩剤 『ダントリウム』や『ミオナール』も
効果が期待できますから 是非 担当医に
処方をお願いしてみてください」
あぁそうだったのか・・・
治療を始めて 4ヶ月目頃から 体調を崩し
ラジオ体操や卓球を楽しむことも 出来なくなっていたナ
今は 5ヶ月目
そのうち そのうち
きっと きっと
元気になれる
元の身体や健康を取り戻せる
今回の外泊の目的は 衣替えのため
ほとんどの冬物は 宅急便で 明日届くように 手配した
持ちきれない物は 友人に頼んで
一緒に 自宅まで 運んでもらった
明日は 衣替えの洋服を箱から 入れ替えて
夏物を病院に送る手配を進めよう
きょうの 午後には 沢山の洗濯をし 必要な 夏服を揃えておいた
もちろん
精神病薬の 離脱の怖さも頭にはある
症状が緩和してきたら
いかに 上手に
減薬→断薬に もっていってもらうことも 忘れてはいない
桜吹雪
私の全身を 吹き抜けていった
今年の 桜吹雪
その 感触を
私は 忘れないだろう・・・
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三寒四温を繰り返しながら
春は巡って来るようです。
上記の写真は
きょうの午前中に
区役所に行く用事で外出したついでに
散歩や食料の買い物を済ませ
帰り道に 携帯から撮ったものです。
この街に住んで12年が過ぎました。
この商店街を5〜6分も歩くと
板橋の地名の由来となった 木造の橋があります。
その両岸は(コンクリートで固められていますが)
遊歩道になっており
現天皇陛下ご生誕を祝って
植えられたという桜並木が続きます。
桜の季節には
何百本という桜が
春爛漫の風情を見せ 花見を楽しむ人々で賑わいます。
遊歩道に沿って進むと
江戸時代から 桜の名所(物見遊山)としての名高い
北区・飛鳥山(あすかやま)公園に至ります。
私の住むマンションから
この商店街は 徒歩1分
地下鉄の駅も 徒歩1分
板橋区は
東京23区内でも
文化程度の低い 貧民街?のような印象もあるようですが
私にとっては
物価は安いし
便利で 住みやすい街です。
我が街 板橋です。
さて
私のその後ですが
口や鼻のネバネバは
特に 喉の不随意運動によって
ネバネバした粘液が口のみならず 鼻にも回っているようです。
依然として 快方に向かう様子がありません。
眠っている間は
不随意運動も休止する様子。
起きている間は 常に不快感に悩まされます。
良くなった点は
耳鼻咽喉科に通って 2ヶ月。
わずかに
匂い・香りを感じるようになってきました。
メンソレータムやローションの匂いを感じることがあります。
まだ コーヒーやカレーの匂いは 全く分かりません。
コーヒーは 香りが命。
香りが楽しめないコーヒーは
ただの茶色のお湯でしか ありません。
また
身体がヨロメクような感覚
足がズシンと床や地面にめり込むような感覚
膝がガクガクして 上手く歩けない感じ。
全身の硬直感やシビレ
こんな症状が付きまといます。
担当医や薬剤師に
この症状を話すと
ヨロメク感じは 確かに 薬の副作用で理解できるが
シビレや硬直は 有り得ない症状だと 言います。
個人的な見解ですが
私は この症状が悪化してから
抗精神病薬 全てが 怪しいもの 怖いものと思い
減薬・断薬を進めてきました。
最後に残した薬は
抗うつ薬 リフレックス1錠。
これは
「うつ」は 自分では もう治っていると確信していましたが
導眠作用を期待して 服用を続けていました。
しかし
驚いたことに
このリフレックスも
「遅発性ジスキネジア」の一因になるということで
減薬〜断薬していただきました。
私の症状が
これまで 多い時は 30錠/day の
多剤・多量のメチャクチャ処方だったり
躁状態を抑える薬 リーマスや
(この躁状態は 抗うつ薬2種を服用した為に 一時的に起こった状況で 私は 双極性障害では ありません)
リーマスによって 全身に震えが出たため
減薬をするどころか MAXまで処方量を増やされ
それを抑える抗パーキンソン薬 タスモリンの長期処方だったため
自己免疫力では処理できなくなった状態で
今の
「遅発性ジスキネジア」の症状を 発症したのだと理解しています。
入院している病院は
良心的な医師が多いとは 感じますが
薬の減薬・断薬による
離脱(禁断)症状については
半年以上 断薬しているのなら
離脱症状は 考えられないと言われ 相手にされません。
だとしたならば
この
不可解な あらゆる症状は 何なのでしょうか?
ちなみに
ネットで
「断薬 精神病薬」を検索すると
何年間も その離脱症状に苦しんでいらっしゃる方々がおいでです。
この「遅発性ジスキネジア」を
早く治すこと
不可解な 症状から解放されて
春が来て
桜の花が咲き競う頃には
元気な自分を取り戻すことが
私の望みです。
とは言っても 「遅発性ジスキネジア」を治療する薬は無いのが現実。
いつ 治るとも分からない病状ですが
「必ず治ります」という
医師の言葉を信じて
気持ちだけは 明るい自分でありたいと思っています。
誤解を招かないように 加えると
離脱症状や 遅発性ジスキネジアは
誰にでも 生じることは ありません。
その人 それぞれの体質や
服用してきた薬の量や種類、年数にも よると思います。
全く 症状の出ない方もいらっしゃいます。
一言では言えない 難しい問題だと思います。
今後 国の精神科・心療内科や製薬会社への指導を期待したいところです。
集中できないまま
パソコンに向かいました。
読み難かったり 脈絡の無い部分も あるかと思います。
いつも
記事を読んでいただくみなさん
お許しくださいネ。
それでは
穏やかな日々をお過ごしください。。。 |




