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私は2005年5月〜8月までの4ヶ月間、1回目の休職をした。
症状は『鬱』『自律神経失調症』だった。
当時、労働組合の役員をしていた。
書記長という役職名だった。
誰も自分から役員をやろうという者はいなかった。
自分で立候補して組合活動に携わったわけではない。
親会社の組合から、関連会社や子会社(グループ企業全部)に
労働組合を立ち上げようという機運が高まり、
いわば、「釣り上げられた魚」のように
何もわからないまま労働組合の役員に祭り上げられていた。
親会社が今後の生き残りや経費削減等を目的に人員削減の施策を始めた。
当然、子会社や関連会社にも大きな影響が及んだ。
私が勤めるのは100%子会社である。
北海道から沖縄まで存在する、各支店・営業所や現場が数多く廃止される事になった。
更に、人事諸制度(給与制度、退職金制度、昇給・昇格制度)の見直しが会社から提案された。
時を同じくして、東京支店で働いていた私に転勤(本社への異動)命令が出た。
閉鎖されることになる全国の支店・営業所・現場へ
組合員への説明会や意見聴取に飛び回る一方、会社との交渉が毎日遅くまで続いた。
廃止予定の職場で働く組合員からは当然、職場確保を求める声があがった。
職場が廃止されない組合員からも「人事諸制度の見直し」に対して強い反発の意見が出た。
毎日、毎日、全国の組合員から強い批判の声が、メールや電話、FAXで寄せられた。
それぞれの組合員への対応、会社との連日、連夜に及ぶ交渉。
組合員一人ひとりの今後の生活等を考えると眠れない日もあった。
仕事においても、
それまでは、親会社が展開しているショールームのスタッフ、
会議室、宿泊施設、宴会場を併設するフロントの支配人を経て、
東京支店の経理・庶務関係の仕事をしてきていた。
いきなりの本社勤務で戸惑うことが多かった。
まず、事務所の雰囲気が違う。
誰も無駄口や世間話をする雰囲気がない。
各人に任された業務を黙々とこなしている。
息がつまる思いだった。
仕事の内容も、全く初めて経験することばかり。
資料をひっくり返してみながら、戸惑いとため息の毎日だった。
労働組合の役員としての責任、
新しい職場環境になじめない自分、
労働組合の問題は一応、3月末を持ってすべて決着に至っていた。
いつしか会社に行けなくなった。
吐き気、めまい、発熱、不眠・・・。
出勤の支度はするのだが、無理だった。
年休取得の申し出が続き、自身でも困惑しへこたれているとき
会社から「心療内科」を紹介された。
自信は無かったけれど、
2005年9月から職場復帰をした。
どうしても、職場になじめない。
実務は間違いなくこなしてきたが
上司の求めるものは違っていた。
「貴方の仕事は、実務は当たり前。1つ々の業務を深堀して企画、提案をして欲しい」
と何度も言われた。
私の場合、今回は加重労働があったわけではない。
定時には帰宅が出来た。
自分に全く適合しない職種、職場環境にどうしてもなじめず
自分でもどうたら良いのか苦しい日々が続いていた。
年末・年始休暇を機に、また出勤が出来なくなった。
前回の復帰後も薬の服用は続けていた。
すぐに主治医に会社に行けなくなった旨の相談をした。
「診断書」をもらい、1月〜3月末までの休暇を取ることになった。
そうして現在。
心療内科および男性更年期専門科への通院と服薬を続けながら
「引き篭もり」になりがちな自分と戦っている。
職場復帰が出来るのだろうか・・・。
同じ環境に戻っても、また、へこたれてしまうんでは無いだろうか・・。
社内では他に、私が行きたいと思う業種も職場も無い。
思い切って転職の道を探す方がいいのか・・。
でも、いい中年の親父を何処が雇ってくれるだろう・・。
もう少し、元気になってから考えよう。
今は病気の最中なんだから、早めに結論を出すのは止めよう。
もっと、もっと元気になって正常に物事が判断できる時期を待とう。
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