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あひる会合唱団のブログ
こんにちは、茨城県水戸市を中心に活動している混声合唱団です。
昨日は、今年になって2回目の練習日でした。

2月10日に水戸芸術館で開かれる「合唱セミナー2019」に参加するので、そこで歌う曲の練習が始まりました。

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最初の曲は「水の旅」です。
何処かの合唱団がyoutubeにでもアップしていないかと探してみても、見つかりませんでしたので、全くの初見です。

まずはパートに分かれて、音取りです。
いやー、パートだけで練習すると、なんだか、不思議な音の連続で、全くメロディーラインがつかめません。

予想外の音に飛びますし。

それでも、繰り返し練習して、パートごとの音の動きは把握しました。

一通り音を取り終わってから、全パートが集まって合わせました。

すると、なんと!
素敵なハーモニーになるではありませんか!
ピアノの伴奏が付くと、曲全体の感じもわかります。

池辺先生が得意の、重厚で繊細な、音の重なりです。

パート練習中は、??これが曲になるのか?という思いで歌ってましたが、なんだか歌うのが楽しくなってきました。

でも、リズムもタイミングも、けっこう難しいですよ。
1日ではなかなか思うようにできませんね。

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楽譜に一部誤植がありまして、直して歌っているのですが、ついつい忘れてしまったりします。

合唱セミナーの当日を迎えるまでは、当分の間、合唱セミナーの曲の練習になると思います。

【講習曲】
池辺晋一郎:5つの無伴奏混声合唱曲〈Little by Little〉より“雪の匂い”“ぼくの方船”
池辺晋一郎:混声合唱組曲〈水の旅〉より“水の旅”


後の2曲はアカペラの曲になりますので、もうちょっと難しいかもしれません。
でも、そんな曲に仕上がるのか楽しみ。

合唱セミナーの曲を練習したい方、私達と一緒に歌ってみませんか?

合唱セミナーの詳細はこちら↓

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新年おめでとうございます。
昨日は、歌い初めでした。

次回の定期演奏会のメインステージは、ラターです。
グローリアの他にもう一つ練習しているのが、この曲。

"As The Bridegroom To His Chosen" by John Rutter sung by The Mormon Tabernacle Choir ↓


どうです?
きれいな曲でしょう?

この曲を一緒に歌いませんか?

まだ練習は、始まったばかりです。
入団するなら、今がチャンス。

見学はいつでも、大歓迎です。

練習スケジュールと、連絡先は、あひる会合唱団のホームページをご覧ください。

練習は、水戸市内の市民センターで、月曜日と木曜日の18:30〜21:00。
皆さんの参加をお待ちしています。

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お陰様で、第56回定期演奏会は、無事に終了しました。
ご報告が遅くなってすみません。

中学生・高校生の皆さんが一緒に歌ってくださったので、とても盛り上がりました。

「旅」では、茨城放送のアナウンサーである飯田敏夫さんがナレーションをしてくださって、情緒あふれるステージになったと思います。
飯田さんに感謝です。

さて、次会の演奏会は、創立70周年の記念演奏会になります。

例年通り、スペシャルステージは、渡辺三郎先生の指揮によるルネッサンスの音楽です。

そして、打越先生のステージは、ラターのグローリアに決まりました。
もうすでに、音取りに入っています。
   ↓こんなのです。

John Rutter Gloria


こんなふうに迫力ある演奏ができるようになるかどうか、これからの練習にかかっています。

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いよいよ、チケットが出来上がってきました。
チケットは、団員から購入、日立シビックセンターのチケットカウンターで購入、もしくは、団長にご連絡ください。

昔懐かしの歌謡曲のステージもあります。
ぜひ、聴きに来てくださいね。

↓ホームページはこちら
http://ahirukai.com/%E6%BC%94%E5%A5%8F%E4%BC%9A%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%88/

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本日の練習は、モテット集から
「Senex puerum portabat」を中心に練習しました。
これは、ルカによる福音書の第二章から、テーマをとられています。

本日の練習では、歌うためにはその歌の背景を知ることが大事、という打越指揮者のお話でした。

歌詞は、以下のようなものです。

Senex puerum portabat: 
puer autem senem regebat: 
quem virgo peperit, 
et post partum virgo permansit: 
ipsum quem genuit, adoravit. 

渡辺先生が楽譜に書いてくださった日本語訳は、

老人が幼子を抱いていた
だが、幼子は老人を統べていた
幼子は処女の生んだものだが
生んでからも処女のままだった
自ら生んだ子を母はあがめた


ルカによる福音書の第二章の25節から35節のあたりの記述が元になっていると思われます。
  ↓

その時、エルサレムにシメオンという名の人がいた。この人は正しい信仰深い人で、イスラエルの慰められるのを待ち望んでいた。また聖霊が彼に宿っていた。
そして主のつかわす救主に会うまでは死ぬことはないと、聖霊の示しを受けていた。
この人が御霊(みたま)に感じて宮にはいった。すると律法に定めてあることを行うため、両親もその子イエスを連れてはいってきたので、
シメオンは幼な子を腕に抱き、神をほめたたえて言った、
  「主よ、今こそ、あなたはみ言葉のとおりに
    この僕(しもべ)を安らかに去らせてくださいます、
    わたしの目が今あなたの救を見たのですから。
    この救はあなたが万民のまえにお備えになったもので、
    異邦人を照す啓示の光、
    み民イスラエルの栄光であります」。
父と母とは幼な子についてこのように語られたことを、不思議に思った。
するとシメオンは彼らを祝し、そして母マリヤに言った、「ごらんなさい、この幼な子は、イスラエルの多くの人を倒れさせたり立ちあがらせたりするために、また反対を受けるしるしとして、定められています。__
そして、あなた自身もつるぎで胸を刺し貫かれるでしょう。__それは多くの人の心にある思いが、現れるようになるためです」。


つまり、この歌詞の中の「老人」とは、シメオンのことなんですね。

シメオンは、「主が遣わすメシアに会うまでは決して死ぬことがない」とのお告げを聖霊から受けていたというのですが、幼子イエスに会ってから「今こそあなたは、お言葉どおり、この僕を安らかに去らせてくださいます」と言ったそうです。
このときシメオンが何歳だったのかについては、記述がありませんが、相当なお年だったろうと思います。

と、いうようなことを改めて勉強し、その伝えたいことを心に留めて、聴いている人にそれが伝わるような歌い方を、私たちは心がけるようにしたいと思うのです。


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