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会津若松市の市街地を流れる湯川は、東山温泉を流れることが湯川とつけられたものですが、戦国時代は羽黒川(はぐろがわ)と呼ばれていました。東山温泉には、羽黒山東光寺があり、その前を流れているからです。そしてその川の扇状地に開けた町が黒川で「羽」の字を省略して呼んでいたことから付けられたものです。現在では蒲生氏郷以後若松と町は呼ばれています。現在の市街地南を流れる川は、押切川(おしきりがわ)とも呼ばれ、小田山麓を人工的に掘削し、押し切らせて流れが変わったものです。最も古い湯川の流れは、分川と呼ぶもので、市街地の北側を流れ、不動川と合流する川です。会津の詳しいことは、「会津の歴史」http://www17.ocn.ne.jp/~aizua/へ。文責 石田明夫 |
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