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与謝野晶子が裏磐梯に来ています。
会津の歴史のなかで、与謝野晶子(あきこ)が、会津へ2度来ていることはあまり知られていません。とくに、裏磐梯に来たことは、知られていませんでした。晶子は、明治44年8月に1回会津へ来ています。2回目は昭和11年で、9月5日に裏磐梯に入り、裏磐梯高原ホテルの前進の別荘に泊まります。昭和17年の遺稿集「白桜集」に会津詠草として五色沼や湖沼群、草花を詠んだ歌が収められています。与謝野晶子と鉄幹の住まい跡は、東京都杉並区南荻窪4丁目にある「南荻窪中央公園」です。杉並区と北塩原村は、保養地協定を結び、交流をしています。写真は、与謝野晶子が宿泊した場所に建つ「裏磐梯高原ホテル」です。
詳しくは、「裏磐梯の歴史と文化」で検索するか、http://www.geocities.jp/ai05212002/のページまで。(文責・写真 石田明夫)
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