子どものための神様のお話

神様のことをやさしい言葉で伝えたい

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み言で魔法の杖のように、子供が見る童話や映画でやるように、呪文を唱えて「出ろ」と言えばパッと出るようなそんな愛の対象を神様は願いません。

無限の秩序と法則に従って、前進的な原則を継承し、小さなものから大きなものへと発展させてきたのだということを私たちは知らなければいけないのです。

神様が、人間や宇宙を創造されるときに、心を込めて丁寧に造られたと思います。それだから、一つ一つの自然物を大切にする情緒的な理由があります。

 命の尊さをどうやって子ども達に印象づけるかが課題です。説教では、もちろん限界がありますから、日常の動植物の死を意識してもらうことで、考えてもらうきっかけにしたいということです。

 身近な大人である私達が、まず悲しんでいる姿を見せることが大切だと思います。でも、それが悲しんでいるふりをするというのではだめで、本当に悲しむことが必要です。

 それには、愛したという実感がなければなりません。人ごとではなく、自分のこととして。心情教育は、そういうことの積み重ねだと思います。(a)

 先生の家には、金魚をいれる水槽があります。でも、金魚はいません。

 はなちゃんが3才の時に夏祭りでもらってきたときは、ちっちゃな金魚が5匹いました。でも、すぐに2匹死んで、3匹になりました。この3匹は、元気でした。はなちゃんが4才の夏祭りの時も生きていたので、新しい金魚はもらってきませんでした。

 はなちゃんが5才になって、「もうすぐ夏祭りが来るね」といっていたら、一匹死んでしまいました。ごみに捨ててしまうのがかわいそうなので、土に埋めて祈ってあげました。あと2匹は、生きていてくれるかなと思っていたのですが、何日かするともう一匹死んでしまいました。その金魚も、土に埋めて祈ってあげました。

 それで、最後の一匹になってしまいました。ひとりぼっちは、「寂しいだろうな、ずっと生きていられるかな。ずっと生きていて欲しいな」と思っていたのですが、何日か前に、死んでしまいました。ずっと

 一緒にいた物が、急にいなくなってしまうとなんだか寂しいですね。

 それで、今は、水だけ入った水槽があるのです。

 生きている物は、いつか必ず死んでしまいます。神様が、そのようにつくられたのです。どうしてかって、どうしてなのでしょうか?その話は、また今度しますね。

 それで、人間もいつか死んでしまうのでしょうか。人間も死んでしまいます。

 皆さんは、今3才とか4才とか5才ですね、先生は45才、皆さんのお父さんお母さんも、三十何歳とか四十何歳です。おじいちゃんおばあちゃんは、六十何歳とか七十何歳、八十何歳、九十何歳、百歳の人もいるかもしれません。百十歳の人もいるそうです。

 百二十歳の人は、世界中に一人いるかいないかです。百三十歳の人は一人もいません。
人間もいつか死んでしまうのです。

 そうしたら、どうなるのでしょうか?人間は神様の子どもです。子どもが死んだら、お父さんお母さんはどれだけ悲しくて泣くでしょうか?もう、悲しくて悲しくて何日も何日も泣きながら暮らすことでしょう。神様の子どもが死んだら、神様は、悲しくて何十日も何百日も泣きながら暮らすことでしょう。

 だから、人間は、本当は死なないようにつくりました。だから、体は死んでも心は死なないのです。心には「心の目」があるという話を前にしましたね。「心の耳」もあるし、手も足も顔もあります。「心の体」があるのです。目に見える体は、死にますが、目に見えない「心の体」は、神様と同じように死なないのです。

 目に見える体が死ぬときは、目に見えない心の体が、すーっと抜けていくのです。おじいちゃんのよぼよぼの体から抜けていく「心の体」は、お兄さんぐらい元気な姿です。
そして、神様のいる所に行って楽しく暮らすようになっているのです。歌ったり踊ったり遊んだりしながら。

 だから、いろんな楽しいことをいっぱい、神様の所へもっていけるように、歌も踊りも、いろんな遊びもいっぱい覚えて、いかないといけませんね。(a)

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 久しぶりに、独身対象のセミナーを担当しました。女性対象というわけではありませんでしたが、結果的には、女性だけで、男性はひとりも参加していませんでした。

 将来、この方達が、家庭を持って母になると思うと是非、夫婦円満、親子仲良く暮らしてほしいと願い、わが家のことは棚に上げてアドバイスしてしまいました。

 子どもたちの心が、神様に向かうには、父母の仲が良いことが一番大切です。絶対条件ではありませんが、たいへん良い環境になります。

 夫婦仲の良いことは、さまざまな問題の解決につながるのではないかと考えています。(a)

 みなさん、おいのりしますね。礼拝のときにもお祈りがたくさんあります。始める前のお祈り、お話の後のお祈り、感謝のお祈りがあります。

 今は大人のひとについて、同じ言葉を繰り返してお祈りしていますけれども、お祈りというのは、何なのでしょうか。どうしてお祈りしなければならないのでしょうか。

 お祈りというのは、何か特別のことではありません。神様とお話しすることです。

 みなさんは、保育園や幼稚園から帰ってきたら、お母さんやお父さんに、何をして遊んだのか、お友達とけんかしたとか、仲直りしたとか、けがをしたこととか、いろんなことをお話しすると思います。

 それから、朝起きたときには、「おはようございます」、幼稚園や保育園に行くときは「いってまいります」、帰ってきたら「ただいま」、夜寝るときには「おやすみなさい」と挨拶します。

 神様は、目に見ることはできませんけれども、私達みんなのお父さんお母さんなのですから、皆さんとお話ししたり、挨拶したりしたいのです。

 皆さんは見えないかもしれませんけれども、皆さんが、朝起きるとき目を開けますね。神様は、「もうすぐ起きるかな」と皆さんの顔を見ているのです。皆さんの目が開いたら、神様は「おはよう」と言っているのです。聞こえないだけです。

 神様が、「おはよう」と言っているのに、皆さんが黙っていたら、神様はどう思うでしょうか。ちょっと寂しい気持ちになります。皆さんが「おはよう」といったら、神様は、朝からとってもいい気持ちになります。

 だから、神様も皆さんの挨拶の声を聞きたいのです。

 それから、神様は、皆さんのことを何でも知っているのですけれども、皆さんとお話ししたいのです。保育園で何があったとか何をして遊んだとか、嬉しかったとか楽しかったとか、皆さんのお話を聞きたいのです。皆さんのお話を聞くと神様は、とっても嬉しい気持ちになります。

 それが、お祈りです。お祈りは難しいことではありません。いつも、皆さんがお母さんやお父さんに、お話ししていることと同じことを神様にもお話ししてあげることです。

 「行ってらっしゃい」とか「おかえり」とか神様も皆さんと挨拶したいのです。

 それで、私達も、ちょっとだけ丁寧な言葉を使って、神様に、挨拶をしたり、お話をしたりします。それがお祈りということです。

 だから、神様は、皆さんが起きるときに「おはよう」といって、家から外に出るときに「いってらっしゃい」といって、保育園や幼稚園についていって、皆さんがどういう風に遊んでいるかみて、一緒に歩いて帰ってきて、家にはいるときには、ちょっと先に家の中に入って、「おかえりなさい」「今日は、どうだった?楽しかった?」と聞いて、皆さんがご飯を食べるときに「いただきます」といえば、「どうぞ、おいしい?」と言います。

 みんなが眠るときは、「おやすみ、また、あしたね」と言っているのです。神様は、皆さん一人一人が大好きなのですね。神様に皆さんのことをお話ししてあげましょう。

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