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先生の家には、金魚をいれる水槽があります。でも、金魚はいません。
はなちゃんが3才の時に夏祭りでもらってきたときは、ちっちゃな金魚が5匹いました。でも、すぐに2匹死んで、3匹になりました。この3匹は、元気でした。はなちゃんが4才の夏祭りの時も生きていたので、新しい金魚はもらってきませんでした。
はなちゃんが5才になって、「もうすぐ夏祭りが来るね」といっていたら、一匹死んでしまいました。ごみに捨ててしまうのがかわいそうなので、土に埋めて祈ってあげました。あと2匹は、生きていてくれるかなと思っていたのですが、何日かするともう一匹死んでしまいました。その金魚も、土に埋めて祈ってあげました。
それで、最後の一匹になってしまいました。ひとりぼっちは、「寂しいだろうな、ずっと生きていられるかな。ずっと生きていて欲しいな」と思っていたのですが、何日か前に、死んでしまいました。ずっと
一緒にいた物が、急にいなくなってしまうとなんだか寂しいですね。
それで、今は、水だけ入った水槽があるのです。
生きている物は、いつか必ず死んでしまいます。神様が、そのようにつくられたのです。どうしてかって、どうしてなのでしょうか?その話は、また今度しますね。
それで、人間もいつか死んでしまうのでしょうか。人間も死んでしまいます。
皆さんは、今3才とか4才とか5才ですね、先生は45才、皆さんのお父さんお母さんも、三十何歳とか四十何歳です。おじいちゃんおばあちゃんは、六十何歳とか七十何歳、八十何歳、九十何歳、百歳の人もいるかもしれません。百十歳の人もいるそうです。
百二十歳の人は、世界中に一人いるかいないかです。百三十歳の人は一人もいません。
人間もいつか死んでしまうのです。
そうしたら、どうなるのでしょうか?人間は神様の子どもです。子どもが死んだら、お父さんお母さんはどれだけ悲しくて泣くでしょうか?もう、悲しくて悲しくて何日も何日も泣きながら暮らすことでしょう。神様の子どもが死んだら、神様は、悲しくて何十日も何百日も泣きながら暮らすことでしょう。
だから、人間は、本当は死なないようにつくりました。だから、体は死んでも心は死なないのです。心には「心の目」があるという話を前にしましたね。「心の耳」もあるし、手も足も顔もあります。「心の体」があるのです。目に見える体は、死にますが、目に見えない「心の体」は、神様と同じように死なないのです。
目に見える体が死ぬときは、目に見えない心の体が、すーっと抜けていくのです。おじいちゃんのよぼよぼの体から抜けていく「心の体」は、お兄さんぐらい元気な姿です。
そして、神様のいる所に行って楽しく暮らすようになっているのです。歌ったり踊ったり遊んだりしながら。
だから、いろんな楽しいことをいっぱい、神様の所へもっていけるように、歌も踊りも、いろんな遊びもいっぱい覚えて、いかないといけませんね。(a)
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