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昨日、ドラムの話題をアップしたのですが、「バスドラムを手で叩く」論、どうしてもしっくりこない。
何故かっていうと、私も一応打楽器をやっているので、垂直に置かれたバスドラムを座った状態で演奏す
ることが、いかにやりにくいか分かるから。当時のバスドラムには大抵派手にバンド名が書かれているた
め、バスドラムを垂直にお客に向けてセットするのは、コマーシャル的な意味合いもあるだろう、と教え
て下さったかたもいた。
実際、宣伝としてバスドラムにバンド名を入れていた、というのは充分に有り得る話である。
しかし、だ。手で持ったバチでバスドラムを演奏する場合、先ほども書いたように「垂直打面」の演奏と
いうのは非常にしずらい為、もし、手で演奏するならば一人くらい抜け駆けでバスドラムを叩きやすい角
度(ちょっと斜め)にする人がいてもいいのではないか、と私は思う。
一人位、「オレは宣伝なんかより、叩きやすい角度を選ぶゼ!!」って、ダダこねるドラマーがいたって
いいはず。私なら、絶対「垂直いやだ〜!!垂直叩きにくい〜〜!!」って、ダダこねるモン!!(そし
てクビになる、、、)
タイコを斜めにするのなんて、特殊な装置が無くったって、片方に辞書でも敷けばいいワケで、、、。オ
ーケストラでバスドラムを使う場合、やはり叩きにくいという理由で、大抵バスドラムを傾ける。
そう考えると、やはり、かなり早い段階で、ドラマーはフット・ペダルを使用して演奏していたんじゃな
いか、、、と思い始め、色々調べてみました。
まず、初期のドラムを知るためにルーツを。
1880年代には、まだ、「ドラム・セット」たるものは無かったらしい。スネアドラムに於ける歴史
は、遡れば「軍楽隊」にルーツがあるわけですが、長くなるので割愛。
ここでは「ジャズ史」に於けるドラムのルーツに絞って考えたいと思います。
まずは写真をご覧下さい。
1880年代のドラマーは、今のような複数のタイコのセットではなく、ストリート・パレード用に、腰
にスネアなどをぶら下げて演奏していました。
今でいう、マーチング・バンドみたいな感じですね。(写真はニューオリンズのストリート・パレード)
ホールでダンス・バンドとして演奏する際も、会場まで演奏パレードしていたそうです。
ここからは、M.Amado J.Ohland の論文を参考に書いていきます。
1887年に行われたショウのリストには、打楽器奏者の名前が二人。一人が、スネア担当、もう一人は
バスドラム担当。(その打楽器の一人がLaineです)。
このことからも、この当時にはセットとしてのドラム、という存在は無かったと言えますね。
(その後10年ほどを経て、バンド一つにつきドラマーは大抵一人、というのが一般的になっていったよ
うです。)
先ほどのLaineという人は後に、Jack Laines Ragtime Bandを結成、ドラマーとして記録が
残っているとのこと。
Laineと同世代に、John Robichaux(1866-1939)という人がいます。かなりしっかりした音楽
教育を受けた人らしい。1891年、34歳でニューオリンズに移住し、'''Excelsior Cornet Ban
d'''のバスドラマーの仕事につきます。バスドラマーというからには、スネアドラマーなる人物もいたの
でしょうね。
その後、1893年、彼自身のバンドJohn Robichaux Orchestraを結成、アレンジ、マネージメン
トをしながら、バイオリンを弾き、バンドを率いる一方、ドラマーにEdward Dee Dee Chandlerを
起用。この人は、ニューオリンズのパレード・バンド出身です。
Edward Dee Dee Chandler生没年等不詳。
で、このお方が、1894年に、なんとフットペダルを開発した、と、その資料に書いてありまし
た。ネットで色々調べましたが、どの資料にもそのようなことが書いてあります。まあ、ちんどん屋さん
だって、足使って演奏する道具とか考えているだろうし、絶対って訳じゃないだろうけど、ジャズ・ドラ
ム史上では、フットペダル開発の先駆けはChandler、ってのが通説なのかもしれませんね。
ちなみに、写真がありました。まあ、見て下さい。どれがフットペダルなのか、さっぱり分かりませんか
ら、、、(笑)
解説文は上手く訳せませんでしたが、おおよそこんな事が書いてありました。「リム(大太鼓の枠部分の
こと)に、フットペダルで操作できるビーター(大太鼓用の大きいバチのこと)が覆いかぶさるかぶら下
げるかして付けてあるように見える大太鼓の隣にchandlerは座っている」と。(←超直訳、、、)
もう、穴があくほど写真の点検しましたが、そんな装置が付いてるのか付いてないのか、この写真じゃ、
よく分からないけど、、、。っていうか、手で叩いてるようにしか見えないけど。まあ、専門家がそう言
っているので、、、、。
追記
上記の写真ですが、レッド・ホットで調べたら「Ma Rainey and her Georgia Jazz Band」にも全く同じ
写真が掲載されていました。このバンドに歴代で加わったとされるドラマーは2名、名前がありました
が、それはchandlerではありませんでした。あれぇ?おかしいなあ、と思いつつリストを見て行ったら、
一番下の欄に、percussion...unknown と表記が。これがchandler なのか、、、?いずれにしても、確実
な裏づけに基づいた記述かどうかは分かりませんので、当ブログは読み物としてお楽しみ頂くことをオス
スメします、、、(汗)
そんな、訳で、実は、1894年には、フットペダルなるものが発明されていたようです。
発明と、普及には差があるわけで、フット・ペダル式のバスドラムの定着はいつ頃か。今日は分かりませ
んでした。「History of the foot pedal」なる文献もあるようなので、また調べてみたいと思います。
そして、発明といえば、もう一つ。
昨日アップした写真を見ても分かるように、1910年後半は、「ハイハット」がまだなく、バスドラム
の上にマウントされた、シンバルをバチやマレットで演奏していました。
「ハイハット」の登場には、Warren Baby Doddsが一役買っているらしい。(Chandler のこと調べ
るのに時間かかって、こちらは手薄、、、)
Warren Baby Dodds(1898-1959)
この人に関してはウチにも映像があった。ちなみに、その映像はいつのものかよく分からないが、(19
25〜33の間)ルイのバンドで叩いていて、セットにはまだハイハットは無い。
安直ですみませんが、Wikipedia によれば、演奏中、左足でリズムを取るのを見た客が、「折角だからそ
の動き、利用しちゃいなよ」とアドバイスしたとか。開発されたのが、「ソック・シンバル(ロー・ボー
イ)」という、現在のハイハットの原型に。これに関しては、まだ資料の裏づけをしてなくて、Wikipedi
a の情報だけなんで、真偽の保障はしませんが、、、(笑)
このヘンの開発には、ラディックなんかがすぐに飛びついたみたいなので、そっちを調べたら何か分かる
かもしれません。調べようと思うと英語の壁が厚く立ちはだかるわけですが、、、、(涙)
昨日の「手でバスドラム演奏・論」はとりあえず、保留です。ただ、フット・ペダル普及までは手で叩い
ていた可能性大ですが、昨日アップしたのはいずれも1910年後半以降のバンドなので、1894年の
時点でフット・ペダルが開発されていたなら、10年以上の年月があれば普及するでしょうし、フットペ
ダルには、両手が自由に使えるようになる、という強力なメリットもありますので、バンドマンたちはこ
の新しい奏法に飛びついたのではないでしょうか。
色々とドラムのことを調べているうちに、ドラムのイメージ、沸いてきたぞ〜〜〜!!できないケド。
調べ物に夢中で放っておかれ、退屈な方々、、、
Good night!!
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