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本当に戦後60年以上たつというのに、国民の戦争被害の問題は解決できず、日本という国はいつになったら自国民の戦争被害に対して自覚できるのであろうか。 東京大空襲の被災者が、またしても補償を求めて裁判を起こし、原告敗訴となった。東京新聞の記事によれば、以下の通りである。 東京大空襲判決 『救って』の声が疼く 2009年12月15日 東京大空襲で受けた被害救済の訴えは、届かなかった。老いた原告らは癒えぬ、戦争の“生傷”を背負って生きてきた。「救って」の声がなお疼(うず)く。悲惨な歴史を後世まで忘れぬようにしたい。 六十四年前、東京の下町一帯は火の海だった。米軍による無差別爆撃で、死者は十万人を超え、被災者は百万人にものぼった。 被害に遭った原告らは、日本政府が講和条約で米国に対する損害賠償を放棄したことを踏まえ、責任は国にあるとし、謝罪と損害賠償を求めていた。 東京地裁は「原告の主張も、心情的に理解できないわけではない」としつつも、「当時の日本国民のほとんどが何らかの形で戦争被害を負っていた」と述べ、原告の訴えを退けた。 名古屋空襲をめぐる訴訟では、最高裁が一九八七年に「戦争被害は、国民の等しく耐え忍ぶべきもの」とした。今回の判断も結果的に、その延長線上にあろう。 戦後、長く尾を引いてきた問題である。七三年に民間人の被害救済の法案が提出され、八九年まで議論されたが、実らなかった。当時、日弁連が憲法の「法の下の平等」などに基づき、民間戦災者の援護法制定を求める決議をしたこともある。 軍人や軍属らには、恩給や年金などが支給されている。原爆の被害者にも、医療特別手当などが支給されている。中国残留孤児らも国の援護の対象だ。空襲被害者が置き去りでいいのか。この訴訟はそんな問題を投げかけている。 日本という国は、戦災にあったのも、自己責任とでもいうように、戦災で焼け出され、あるいは身内を失った人たちに冷たい国である。上記のような訴訟は、ずっと繰り返されているが、そのたびに国は戦災にあった人への補償の責任はないの一点張りである。東京大空襲、大阪大空襲だけでなく、豊川空襲や名古屋空襲、その他多くの地方都市への空襲で失われた命は、戦地で亡くなった命と命の尊さにおいて変わるものではない。戦死も戦病死も空襲での死も、みな同じはずである。それに補償するに値するものとそうでないものと格差をつける必要など、いったいどこにあるのだろう。 こんな判決を目にすると、本当に情けなくなる。どうして、今の日本の裁判官たちは、かくも石頭なのか。どうして、今の日本の保守政治家は、大バカ者ばかりなのか。 そして、バカネットウジの連中は、中国や韓国が反日的だと言って、関係のない我々元自民党支持者で、中国や韓国とは一切関係ない人間のブログにまでお門違いな嫌がらせしてくるが、思えば中国や韓国のほうがよっぽど自国民に手厚い国かもしれん。 空襲の被災者だけでない。軍人・軍属であっても、短期間しか軍籍のなかったものは恩給欠格者として恩給支給の対象にならない。 民間で戦災にあったものや、元軍人・軍属の恩給欠格者が、じじいになっても、死んでも差別され続ける社会、これは正常な社会とはいえない。
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