|
どうでもいいことですが、、、
朝日新聞社がは10月1日から、東京本社と大阪本社の編集部門の一部の呼称を変更し、エディターと一部のセンター長は「部長」、出稿グループと一部のセンターは「部」に、それぞれ改めるそうです。
編集部門の組織は2006年、柔軟で機動的な紙面づくりをするために、それまで編集局内の各部に所属させていた記者を全員、当時の編集局所属とするフラット化を実施し、これに伴い、部をグループとセンター、部長をエディターとセンター長としました。5年を経てフラット化の目的を達成したため、呼称については呼び慣れた名前に変更します。
と、書いてありました。。。
知人の職場では、1億円かけた事務機構改革で、単位や肩書きの”呼称”がカタカナになりました。
ただ、1年が経ち、ユニット長を、人事チームの職員でさえ、課長と呼ぶのがそこの実態です。
カタカナ化の意味も目的も、誰も理解しているようには見受けられません。
”リーダー”と、”チームリーダー”はどっちが職階上位者か、あなたはわかりますか?(笑)
個人情報保護法下、職員録が無くなり、たよりの座席表では、パートさんと、いわゆる”係長”の区別がつきません。
モチベーションや責任感の低下も致し方ないことかと思います。
内部統制の崩壊が、この1億円の改革で、より加速したことを実感します。
また何よりも、数千万円にのぼる法定業務における誤謬をもみ消そうとしたコンプライアンス上の問題を、介入したコンサルタント会社が当初から知りながら、、”コンプライアンスの文字が見当たらない機構改革”に、私は強い違和感と危惧を覚えます。
このことを、監事も、内部向けHPに掲載された「監事ノート」で指摘しておられるようです。
現状では、”コンプライアンス体制を構築できない特別の理由”が、あったと思われてもしかたがありません。
たとえ同内容の改善であっても、外圧によるものと自発的なものでは、質が異なります。
組織には、呼称のカタカナ化よりも大切な、本来なすべきことが、あった筈です。
トップに責任をなすりつけて済む問題ではありません。
真摯な反省にもとづく改善を、早急に行って欲しいと思います。
財政難の中で血税1億円を投じた改革を、どうか恥ずかしくない内容にしてください。
ひきかえす勇気に、私は期待します。
|
職業婦人の部屋
[ リスト ]





昔、「話をカッコよく見せるにはカタカナを、わかりやすくするには漢字を、納得してもらうにはひらがなをつかえ」といわれ、出来るだけひらがな表現を心がけています。
カタカナ表記は、格好よくし、かつ何が何だか内容がわからないようにするために付けられたのだとおもいます。
2011/10/6(木) 午前 6:29
直さんさま:それ、思わず納得っ!デス(笑)
”ハイカラ”を、今はとっても古めかしい、おばあさんの賛辞と感じます。
裸の王様。子どもの頃に読んだおとぎ話の世界を、この年で体感できたというのは、ある意味貴重な経験なのかもしれませんねぇ。
ピカピカ1億円のコンサルと仕立屋さん。。。
2011/10/6(木) 午後 9:21
外来語はしゃれた言葉で、新しいというイメージを与えます。しかし、実態を言葉でごまかすという日本人特有の悪い癖もあります。近年ではアクセスというのが時花ですが、接続、連絡、参入、と表現した方が適切な場合も多く、これからの青少年が語彙を減らしてゆくのではないか、という危惧があります。
愚なことが平然とまかり通る国になってしまいました。
2014/10/14(火) 午前 8:41 [ andoorinn ]
andoorinnさま:ほんと、そうですよねぇ。日本語は曖昧さ故、科学には馴染まないと聞かされたことがことがありましたが、私は英語も話せないものの、日本語の色や情緒に関する表現の豊かさは、追従を許さないと思います。
カタカナは外国の文化をそのまま取り込むのにとても便利と思う反面、未消化のまんま氾濫するのは困ります。
2014/10/16(木) 午後 0:27