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今日の釧路は,午後から大荒れのようです。 なんでも今年の特徴である,太平洋岸に集結する前線の影響で, 雨混じりのような重たい雪と風が吹き荒れるようです。 写真は幣舞橋北岸の綺麗なライトアップです。 こんな天気だと飛行機の欠航の影響や, 停電から市民生活を守るために, 夜もおちおち眠れず待機しておられる仕事マンもいらっしゃるでしょうね。 皆さんご苦労様です。
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2009年冬の北海道
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釧路といえば毎回必ず訪れる場所がある。 北海道で生まれて,釧路で育ったものの, 関東へ引っ越してしまった自分にとって,最初で最後の学校がここ城山。 お供え山と仏舎利塔のふもと。 校舎は,当時改築されたままの姿。 ひょっとして36年も経ったた,そのままの校舎? 新入生として入学した当時,16クラスほどもあったことを今誰が信じるだろうか。 2月の真冬でも今の気候を示しているのか,校庭にはスケートリンクが見当たらない。 学校から寄り道をして通った釧路川。 川には,当時沢山係留されていた艀(はしけ)すら既にいない。 そして川岸は,すっかりおしゃれに整備されていた。 そういば,さっき校庭の端にジャングルジムの姿が見えた。 白いトレパンを履いた少年が,自慢げにジムの頂上でポーズをとっているのは,私の幻想だったか。 転校のため釧路駅のホームを去ったのは,
そう あれは春だったね。 |
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釧路を前に,行方の知れぬ小学時代の友人が気になっていた。 電話帳でその名を調べてみると,以前なかった名前が多分かつての住所に載っているのを見つけた。 電話を掛ける前には色んな思いが逡巡する。 声を掛けても,迷惑がられるのではなかろうか・・・ 知らない,と無視されるかもしれない・・・ 友人とは,高校生時代に再会したのが恐らく最後, 今や楽に30年の月日が経っている。 電話の先には,聞き覚えのある彼のお母さんの声。 何よりも真っ先に,こちらの事を覚えてくれていた。 なんと友人は,仕事の転勤で私の住処の近くにいるとのこと。 幾分しわがれた声。 電話の後ろではしゃぐ子供の声。 「いやぁ〜何年ぶりだろう,来週にでも会おうよ」 過ぎ去った長い月日。 友人よ,
俺達は友達だったと,永遠の嘘をついてくれ。 |
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”苫小牧発 大洗行きフェリー” と, 古い唄とは少し違いますが,2月3日夕方発のフェリーで帰途につきました。 1月23日から2月4日までの全行程は,13日間。 走った車の距離は,自宅出発から自宅帰宅まで1530km。 1995年製の古くて使った形跡がないスタットレスタイヤも, 順調で滑ることなく,発進も停止も問題なしで走ってくれました。 帰りのフェリーは, 自衛隊第一空艇団の兵士と車両で大変な賑わいでした。 横目で勘定しただけでも,政府軍トラックが20台, それにチェロキーの様な装甲ジープが25台。 フェリーの中はこの時期とは思えないほどの大混雑でした。 食事や風呂の場で,若いながらも礼儀正しくきびきびした兵隊さんとの談笑が, なんとも頼もしい,よき若者達でした。 さて,さっそく本日は一月末で退職した会社からの離職票を持って, 所轄のハローワークに出かけ,失業手当の申請に行きました。 中はフェリーの如しすごい混雑です。 今の世の風潮を見事に反映しております。 今回も北への旅は,すばらしい思い出となりました。
また美しい北の自然に接することができました。 北海道の皆様,大変お世話になりました。 |
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行って来ました鶴居村。 いたるところ鶴・鶴・ツル まずはCrane3機編隊です。 いきなり鶴見台から離陸しました。 鶴見台にはキツネが徘徊するようで,スクランブル編隊はその迎撃だったのかもしれません。 でも本当は厳しい三角関係の戦いなのです。 こちら,鶴居村駐屯の海兵隊。 つねに窓辺から周囲の安全を見守ってくれています。 あまりにもメンコイから駐屯のお役目より癒し効果でしょうか・・・ 雪原にひっそり羽を休めるつがいです。 きっとまだ新婚さんなんでしょうね。 暖冬気味とは言え,しばれる寒さ。
自然の愛おしさ,尊さを実感できました。 |


