毎日の小さな事件簿

還暦後は何でもチャレンジの毎日!

人生の並木道

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息子は大きなプロジェクトのチームリーダーを推進するために大動脈剥離を緩和する薬を停止してまで仕事を仕上げしないといけないなんて、私は納得できませんが息子が慰謝から伝えられた余命を縮めてまでやり遂げようと思った事には仕方がないと思います。

私も若いブレーンとコラボして色々な仕事をこなしましたが命より大事なものは絶対ないと思います。

今もプロジェクトの大きな仕事の依頼は時たま来ますが、やり遂げる事の難しいのは始めから断ります。

仲間が大勢いて専門職のスタッフが揃っていなければ長時間かけても達成できないから息子の仕事にはかなり外国人もブレーンに入っているので英語や中国語も必要で頭に障害でた時点で簡単な仕事からやり直せば良かったのに私と意見が衝突して難しい仕事に戻ってしまい旅立ちました。

 役者は舞台の上で死ねたら本望と言われますが、あまりに若い旅立ちでした。

初めて密葬しましたが

私の身体が思うように動かない中を車で息子の僅かな遺産相続からカード会社の決済請求の整理から引き落としに至るまで毎日色々なところを回っています。

分からないと昔の親しい仲間に聞いていますが医者、保険、弁護士、など引退はしていますが知識は豊富ですので早く進めています。

カードの決済は仕掛、繰り延べなど銀行の息子の窓口がロックされているのでカード会社から請求書で送られてきますが、いつまでも来るので7月残務処理で金額を教えてもらって振り込んできました。

りそな、みずほ、三井住友、三菱UFJ全て処理が違うので面喰いますよ。

息子が余命1年と主治医からの告知されて残務整理をしていたようですが今私が引き継ぎましたが、大変な処理の数で驚いています。

私達夫婦で密葬を計画して実際息子で実行してみましたが周りに分からないようにして中陰の27日目仏滅に喪中が届くようにしましたが届いた途端大変でした。

芸能人も密葬で身内だけでする人が多いですが誰にも分らないようにするには大変さがよくわかりました。

たった一人の孫から

自慢の息子が壮絶な闘病の闘いの末旅だって3週間が今日で過ぎました。

幾ら生前もう少し優しく励ましていれば良かったと思っても仕方が有りません。

父親として余命1年と専門医に告げられて落ち込んでいる息子に厳しく接したのは

私自身は励ましでもありましたし、末期をおびえて待つより簡単な仕事でもしたら少しは

気がまぎれるかと私なりに考えて進めましたが、間違っていたのかと後悔しています。

私自身は精一杯の接し方だと思ってきましたが、結果はどんな方法でも後悔になりますね。


自慢の息子が余命1年もたずん七ヶ月で5月末に旅立ちました。

父親として最後まで励ましきつい言葉もかけましたが医者から余命1年と言われていました。

西城秀樹と同じ病名でテレビで秀樹さんの報道が流れたときには心配になりました。

息子の主治医は専門医でしたが他の専門医にセカンドオピニオンで診てもらうように最後まで

説得しましたが、身の回りの整理と遺書を残して僅か49歳の若さで逝ってしまいました。
10年以上も毎朝5キロメートルを歩いていても確実に衰えが感じられます。

元々膝関節が悪くて整形外科には毎月診察を受けながらですが、変形性膝関節と診断を受けています。

車を運転して降りた瞬間しばらくは歩けませんが、杖を使って10歩ほど進むと何とか歩けるようになろますが、

駅の階段ののぼり降りが大変で特に下る時は手すりをつたってゆっくりと降りるようにしています。

床に就いても夜中のトイレで寝返り打たないときは全然動けません。

主治医は金属の関節の手術を勧めてくれますが、リハビリが半年もかかると言われて決心が付きません。

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