ちょっと言わせて。

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疑心暗鬼

なんとも恐ろしい文字の並び。
 
疑いの心があると、何でもないことまで怪しく恐ろしく見えること。
暗闇の中に鬼がいるんじゃないか、、という妄想。
 
 
 
なぜそんなことを言うんだろう。
そんな真意などいちいち気にすると、なにもかもが疑わしく思える。
光の中に居るのに、闇の中の鬼を探す。
 
無駄に疲れる。。
 
 

 
 
いいじゃないか。
考えてみれば、そんなのどうだって。
 
 
 
もし鬼がいるのなら、会ってから驚こう。
その瞬間までは、ノーテンキで行こう。
 
私の心も、人の心も、誰の心も支配してはいけない。
 
 
 

記憶のデフラグ

それが夢の正体らしい。
 
眠りに着いてから脳が記憶のデフラグを始める訳ね、
その短編集がちぐはぐにくっついて、
目が覚めた瞬間に無意識にストーリーにするんだって。
 
と、いう訳なんだけど。
 
 
私の場合、物心ついた頃から夢は眠る寸前に始まるものだった。
今もそう、横になって眠たくなり始める頃、スライドショーのように色んな場面が流れる。
 
ああ、、これはあの場面か・・・
ああ、、、この人誰だっけ・・昔どこかで会ったかなぁ・・
あれ・・?ここはどこだっけな・・・ああ、そこか・・
なんてそれらを見ながら、その中のどれかに意識が入って行く。
それが眠るということ。
 
もしくは、ああ、この場面何だっけ???と考え始めて意識を強く持つと眠らず、
ああ・・この場面不快だ、イヤダ、入りたくない・・!!と出てくれば眠らず。
 
中学の時、イヤなのに入ってしまい、抜けようと意識を強めて抜けても
次のまた不快な場面に入ってしまい、それを繰り返すうちに抜けられなくてクタクタになり、
最終的には手を振り回して壁にぶつけ目を覚ました。
 
これは何か。
私は脳と体の眠るタイミングが悪いのか。
 
まあ、だからどうって訳じゃないんだけど、
夢は眠る前から見る。
意識のあるうちに夢を見て感想を持つ。
または感想を言いながら眠りに行く。
目が覚めたら短編たちがまだ目の前にちらつく。
ああ、あの場面か。
ああ、、またあの人か・・・
 
それが私の眠りと夢なんだよね。。
 
ちゃんとデフラグ出来てるのかな。
そう動きが良くなってる気もしないけれど。。。
 
 
サクサク動く、脳と体。
そんな姿をイメージしながら、
モタモタ動く日曜日。
 
スイッチを探そうかな・・
 
 
 
言葉は、時代と共に変化して行くもの。
 
拙者なんて言う人いないし、ゆめゆめ・・なんて時代劇みたいな言葉だって聞かない。
否定の頭に付く 『 全然 』 だって、今や 『 全然OK 』 とか言う。
それだって最初は気持ち悪く思ったけど、もう当り前なのかな。
そんな私だって、それなりにその時代時代の流行り言葉を使ってきた。
 
そんなことは解ってるんだけど。
解ってるんだけど、、
 
 
「 おしぼりにナリマス、
  お冷にナリマス、
  メニューにナリマス、、」
 
 
 
 
ぁぁ・・・・・・・・・・・・・・
 
 
 
 
気持ち悪い !!!!!!!
 
 
 
 
ソレはアレか、、何か足したり引いたりしたらそうなったのか?
 
レジで、「 合計で○○円になります。」 と言うなら解る、、
アナタが言いたいのは 「 ございます 」 みたいなことでしょ!?
丁寧語をいつか誰かが 『 ナリマス 』 だと勘違いしちゃって、
ソレを正されないままいつしか先輩になっちゃって、
ソレを堂々と伝授し続けた結果なのかしら、『 ナリマス 』 接客が多すぎる・・・
 
旦那はもう慣れた、別にいいじゃないかと言うけれど、、
どうも私は聞くたびにちょっとアレで、、、
イラっ、イラっとね、
ちょっとね。。
いいんだけどね・・
 
 
ナリマス文化、定着しないことを祈るばかりにナリマス!!
 
 
 
 
 
 
 

表裏の間

誰にどう見られたいか。
 
それをコントロールすべく動くことなんてよくあるハナシで、
カッコつけたり見栄を張ったりいい人ぶったり、
それはコンプレックスからだったり、責任からだったりする。
 
連日報道されてる歌舞伎界のプリンス。
私生活や人間性は知らないので別として、表向きは生まれながらに常に 『 立派 』 でなければいけない。
他にも 『 立派 』 でなくてはいけない責任がある人はたくさんいるんだろうな。
社長さん、先生、カリスマ、伝承者、王様、、、
 
立派である責任があっても、でも人間て、、そんなに立派なものでもない・・ って場合。
または、コンプレックスから素敵な自分をつくりあげても、本来そんなんじゃないって場合。
 
表をつくると裏ができる。
大きな表をつくると、大きな裏ができる。
結局そのギャップに苦しむのは自分で、そのストレスの被害を被るのは周りで、
遠巻きにはそのギャップを責めるだろう。
 
いつのまにかつくり上げた表と、いつのまにか出来た裏。
それにどれだけ価値があるのかわからないけど、
いつのまにかそれを大事に生きるものなんだなぁ・・
 
極力表をつくらずに、ナチュラルに行こうと思うほど、
作らなきゃいけない面も出来てくる。
 
まあ、そんなもんか。
 
とりあえず、私は、世間的な大きな責任も期待もある立場ではなくて良かったってことかな。。
 
 
 
 
 
 
ねえ、見て、見てて!

そう言ってはたいしたことしない子供たち。
ブランコに乗ったり、ふざけてみたり、
何をするにも、見てて、見てて。

大人には時にはうっとおしかったりするその行動。

私は人の親になったことが無いので親の気持ちは分からないが、
子供の気持ちはよく分かる。


結局それが叶わず大人になってしまった。

誰もいない。
誰も見てない。

小学校に上がる前には、ひとつの仮説を完成させた。
人はみんなそれぞれ本当は別の世界、もしくは惑星に生きていて、
目に映っているものは全部自分がそう見えるというだけの幻想だ。
そこに見えるテーブルは、本当はテーブルではない。
もしくは、そこには何もない。
そこにいる人は、私が勝手に親と認識して目に映してるだけで、
本当はそうではない。
もしくは、そこには何もいない。
私が 「 りんご 」 と発した言葉も、相手には 「 みかん 」 と聞こえてるかもしれない。
もしくは、そこには誰もいない。
目を瞑ったときのように、目の前の幻想を消してしまえば、
真っ暗闇の中に意識だけある。
それが真実なのではないか。

まだ純粋な幼い子としては、そこそこ真剣に考えた結論だった。

あれから数十年。
どうも回り道ばかりを選びながら、、スレてスレて大人になった。

美しいものと汚いものをいっぱい見て、
優しいものと残酷なものにいっぱい触れ、
逞しいものと儚いものをいっぱい感じ、
手に持てるものだけを持つために、いろいろなものを捨てた。


基本的に子供と何ら変わらないまま、
慣れっこのはずの独りが一番苦手になり、
どうもなりきれていない大人になった。


でももう、あの仮説が真実だとしても構わない。
ユートピアなど元々持っちゃいない。

真実がどこにあろうと、
真実がいくつあろうと、
今、目の前にあることだけが現実だ。



結局大人になって身に付いたものは、
そのままを受け止める図太さなのかもしれない。
 
 
 

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aina
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