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【ニューデリー=田北真樹子】スリランカのラジャパクサ大統領は19日、議会で国民向けの演説を行い、政府軍が約25年にわたる反政府武装組織タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)との内戦に勝利したと正式に宣言した。そのうえで、大統領は「タミル人も含めたすべての人を守ることが私の義務であり責任だ」と述べ、内戦のきっかけとなった民族問題の解決を目指す考えを示した。 スリランカの内戦が「一応」終わったようです。 スリランカにはこれまでに3回行きました。今はどうかわかりませんが、 5年ぐらい前はコロンボ発の航空券が安かったので(^^; 1回目は2003年1月。この時は旅行仲間がコロンボに長期滞在していて、 航空券の情報収集も兼ねて行きました。コロンボには実質1泊。 新市街を案内してもらって、航空会社のオフィスや旅行代理店巡り(^^; もちろんカレーも食べました。日本には無いような、強烈な辛さでした。 コロンボ カレー 2回目は1年後の2004年2月。この間の2003年10月に結婚したので、 嫁さんと一緒に。ニゴンボとコロンボを周り、3泊。 ニゴンボのビーチ 魚市場ではマンタも売ってました 牛車も現役 京都市教育員会のバスも。。。 この時は目的通り航空券も発券し、翌年に再訪する予定でしたが、 その間に子供が生まれたので、3回目は2005年2月に一人で。 この時は通勤に使っていた格安折りたたみ自転車を持ち込み、 これで街中を移動しました。 私が行った時はいずれも休戦中でしたが、その後内戦が再発しました。 ほぼコロンボしか知らないわけですが、「また行きたい」と思う国でした。 特に印象に残ったのが子供達。道ですれ違う時にニコニコしながら "Hello" って挨拶してきます。偏見かも知れませんが、こういう時は その後に物乞いが続きそうで身構えてしまいます。でもコロンボでは そういうことは全く無く、純粋に外国人に対して興味があるようです。 特に3回目の自転車に乗ってる時は、とっても珍しいようで、遠くから 大声で呼びながら手を振ってきたりしました。 その後、内戦が再開し、津波の被害もあったりして、あの子供達は どうしているのかなぁ、、、と心配というか、暗い気持ちになったり しました。 まだ残存兵によるテロの可能性もあるようですが、早く本当に平和に
なって、また訪れたいものです。 |
ニュースから
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スリランカのことは殆ど何も知らないけれど…
10年ほど前に毎日通ってた(仕事)大学で、午前中によく見かける外人サンの清掃員が居て。朝早く行っていた私は彼ら清掃員のおっちゃんたちと仲良しだったんだけど、不思議と彼らは総じて品のある人達で、後々知るに驚くような経歴の持ち主だった。或る日、その外国人男性が夕刻、すっげえ品の良い身なりで歩いているところを見かけ、情報通の、出入りのパン屋のおばちゃんに聞くに、彼はスリランカでの政治運動が理由で母国に居られなくなったこと、いま、そこの大学院で勉強をしてること、を知った。世情に疎いりーたろうがスリランカの情勢を知ったのはそれが最初だった。或る日、それまでは挨拶と天気の話くらいしかしたことなかったその外国人に「スリランカのことは何も知らないけれど、光の美しく照る島、なんだってね」と言ったら、しばし黙って遠い目をして、「本当に美しい国なんだ」とつぶやきました。彼はどうしているんだろう。戻れるのかな。戻りたいのかな。何だかんだ言っても、私は平和な国に居るんだな、と思う。
2009/5/21(木) 午後 9:01
遅レスすみません(^^; いやぁ、ほんとイイトコロなんですよ、スリランカ(^^)
辛いものが苦手な人にはアレかも知れませんが、紅茶はもちろん、
スパイスも多種多様なものが揃ってて激安ですし、アメリカのデパート向け衣料の
横流し品のようなものが格安であったり、ノリタケの現地工場製品が
安かったり。。。
いや、食べ物や買い物だけじゃなく、とにかく雰囲気が良いんですよ(^^)
で、やっぱり子供の話なんですが、あの子供達を見て「日本とどっちが平和なのかなぁ」って思ったりもしました。
コロンボの犯罪事情はよく知らないのですが、子供がニコニコと
見知らぬ中年外国人に声をかけられる環境というのは今の日本では
考えられないですよね。
なんというか、政治的・宗教的・民族的な対立はあっても、
わけのわからない輩は少ないのではないかと。。。
2009/5/27(水) 午後 7:31 [ flyingangler ]