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4月12日深夜友人と会った後、ネットを開くとバボ大統領がフランス軍によって逮捕されたと知った。
さっそくアビジャン・ネットを見ると、下記のような画像が公開されていた。 これらの画像を見て、ただ事でない雰囲気というよりも、憤りに近いものを感じた。
大統領選挙後のバボ元大統領とワタラ大統領の争いはなんだったのだろうかと。 そもそも奇妙な話で、ワタラ側は3月28日に侵攻を開始して、4月1日にアビジャンに到達している。 あまり完全に行われなかったかどうかはわからないが、一応武装解除が行われていたコートジボワール北部で、大統領選挙から3ヶ月で誰がどれだけの武装や資金を提供したのか。 これは、バボと対外勢力との戦いだったのだと改めて思った。 そして、バボ側にもアンゴラが傭兵を派遣したらしく、それが最後の抵抗の原動力になり、国連軍とフランス軍の空爆を引き起こしたのかもしれない。 バボ大統領は逮捕直後は、ワタラ大統領の官邸であったホテルゴルフに連行され、FRCI(共和国軍:ワタラ側の軍隊)の兵士たちと強制的に記念写真をとられていた。 その後、バボ大統領はヘリコプターでおそらく奪還を恐れて、コートジボワール北部に移動した。 今後、コートジボワール国内か国際法廷で、市民虐殺の罪などで裁かれるのではないかと思う。 権力についたワタラ大統領に、国軍の参謀総長のフィリップ・マングー将軍などの治安機関の人々が忠誠を誓った。 そしてワタラ大統領の就任にあわせるがごとく、コートジボワールへのフランス、世界銀行、ヨーロッパ連合が援助を再開した。 特にフランスの4億ユーロ(485億円)の援助はいうなれば、ワタラ大統領への就任プレゼントのような気がしてならない。 いずれにしても、ここでもFrancafriqueという言葉がまだまだ生き延びているとしか考えられない。 Francafriqueを受け入れてでも政権をとったワタラ大統領、10年前からFrancafriqueを批判し、抵抗したバボ大統領というのが戦いの構図なのかもしれない。 フランスはいつまでぐちゃぐちゃに癒着して、アフリカを食い物にし続ければいいのだろうか。 バボ元大統領の逮捕直後に演説するワタラ大統領
ワタラ大統領もこのズタズタになったコートジボワールをどのように統治かは非常に困難を伴うと思う。 ・まず12月の大統領選挙の得票の約半分(約45%)はバボ大統領に入れたことを考慮しなければならない。 ・そして、今回の短い戦いでの戦争犯罪の処理を進めなければならない。 ・コナン・ベディエ政権以降の移民や北部蔑視思想(イボワリテ)を除去し、どのように国民和解を勧めていかなければならない。 ・2002年以降の内戦、そして昨年12月の大統領選挙以降の経済制裁によって苦しんだ経済の建て直しをしなければならない。 世間では、コートジボワールは昔はよかったのに今はなぜという論調になっていますが、コートジボワールは長い不景気、内戦はあったものの成長への可能性はあると思います。 社会基盤(道路、通信、港湾、空港)などはまだまだ健在ですし、修理やリノベーションは必要になりますが、ガーナをのぞく隣接国より有望だと思います。 そして、ウフエ時代の最大の恩恵はインフラ整備よりも教育だと個人的には思っています。 今日、あれだけの両派の戦いを続けてこれたのも、ウフエ時代以降に教育を受けてきた人々がいたからこそであり、彼らがそれぞれの原動力になったのはいうまでもありません。 アビジャンを歩いているとトレッシュビルの市場とかを除いて、大体の人間にフランス語が通じるのもコートジボワールの初等教育の普及によるものがあるのかなと思います。 いずれにしても、まだまだコートジボワールも 捨てたもんじゃないですよ!! |
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どっちが悪いのかわかりません?
教えて下さい。
2011/4/19(火) 午後 5:59