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さかりをば見る人おおし散る花のあとをとうこそなさけなりけれ ・夢窓疎石のうた 解釈 盛りの花よりも、散り始めた花のほうが人生の味を知るものにとっては、 心に深くしみとおるのである。人生の味わいも散り始めたころが深くなる。 夢窓疎石・ むそうそせき 建治元〜観応二(1275-1351) 夢窓は道号、疎石は法諱。 号:正覚国師・心宗国師ほか. 宇多源氏の出身。鎌倉・南北朝期の禅僧。 臨済宗仏光派。日本庭園を極めた禅僧。 人の心と自分の心が幸せで共鳴していく喜びこそ、生きているという実感なのだ。 人生の喜びは、皆で分かち合うところにある。 人生にとって縁を大事にし、それを生かして善に結び付けていく人は幸せをつかめる。 小さな縁を大きく育てる知恵があれば、人生は豊かになる。 自分の心の中にある『美しいもの育てる』ことが、『生き甲斐』でなくてはならない。 人は願いをもたなくてはならない。 願いがあってこそ、1歩でも2歩でも前進できるのだ。 自分の人生に願いのある人は、前向きに生きている。 人生は実感だ。 実感をふまえた人生を生きることが大切だ。 強い人には反抗心が燃えても、慈悲深い人には逆らうことは出来ない。 思いやりの心のある人を、人々は尊敬する。 結局、人生で最も大事なものは、慈悲の心。
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