H29.12月10日(日)〔No757〕 百々ヶ峰(142回目)
ウォーキング記録を見てびっくり。
日曜日の山歩きは3ヶ月以上ぶり。
今日はテラスと松尾池西峰から登り, いったん下りて, 古津へ行き, いつもの
散歩コースで旧白山展望地まで。
歩きながら今日の朝刊「中日春秋」の記事を思い出す。
海老一染之助さんがなくなって, 「太神楽」のことだった。
昔,お伊勢参りに行けない人のために伊勢神宮の神官さんがお祓いをしに来てくれたそうで, そのうちこの厄払いが人を引き付ける演芸になったとか。
染太郎さんがなくなってどれくらいになるのだろう?
それからは染之助さんが一人で舞台をこなしていたのをテレビで見た記憶がある。
「おめでとうございます!」と変わらぬハイテンションだったけど, 内心
すごい足りない感だったんじゃないだろうか。
でも,「芸」というのは, 染之助・染太郎さんのようなのをいうんだろうなぁ。
同年輩の人は共感してくれると思うけど, 裸でおぼんとか, 大声で叫んで
いるだけとか,ひとっつもおもしろくないよね。
その記事の中に,染之助が使っていた口にすりこ木みたいなのをくわえて
回す土瓶はかなりの重さだと立川談志が言っていたとあった。
立川談志といえば, 談春の「赤めだか」だったかに, とにかく一流のものに
接しろと常々弟子に言っていたようだ。一流の芸, 一流の絵, 一流の音楽…
これは子育てにもいえそうです。
その談志のエピソードの一つ。
駅のホームかどこかで談志が友だちの毒蝮三太夫の背中を押した。
ホームから落ちそうになって怒った三太夫が「このやろう!なにすんだ!」
それに応えて談志が「じょうだん, じょうだん」
「なに〜!冗談で死んだらどうすんだ!」
談志「冗談がわからない奴だ, と言う。」
談志がらみでもう一つ。
談志は「落語は業の肯定だ」と言っていて, 当時はよくわからなかったけど,
こちらも齢を重ね, いろんな人を見てきて, なるほどなぁと思う。
ヒトは理性で生きていることが多いようでいて, 肝心なところでは業が出る
もんだろうなぁ。そこを落語はうまくクローズアップしてるんだね。
そうそう, 談志に加え, 春風亭志ん朝, 三遊亭円楽, 月の家園鏡が落語四天王と
呼ばれた時期があった。
今でもいい落語家がいっぱいいるようだけど, なかなかテレビでは見られ
ないのがザンネン。
私が子どもや若かったころはいろんな芸人さんがいました。
私が腹を抱えて笑った記憶があるのは, 中田ダイマル・ラケットと獅子てんや・瀬戸わんやの漫才。どんな内容かは忘れてしまったけど, 独特の間と
ボケ・ツッコミの妙だったんじゃないかな。
夢路いとし・喜味こいしもおもしろかった。
奇術でアダチ竜光という人もいました。ちょび髭でひょうひょうとして
いました。
林家正楽の即興での紙切りに感心したり, 柳家三亀松が三味線を弾きながら
の色っぽい都々逸の意味を想像したり, 今から思うといろんな芸を見られ
たんだなぁ。
ところで,
「今日はいつもより余計に歩いてま〜す!」