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いわゆるオウム教団による松本サリン事件で冤罪被害を被った河野義行さんを描いた作品。
戦後60年を越えた日本で未だに冤罪が絶えない現実と、捜査機関に迎合し冤罪を生み出すマスコミの構造を、教条的ではなく、高校生が、当時実際に取材に当たったマスコミの人間を取材する過程で、マスコミ人として自分の言葉で語らせたことがこの映画を成功させた。
私自身の記憶を遡ると、事件翌日の朝刊を見て、旧陸軍が埋蔵した毒ガスが地下工事等により噴出したのかと考えた。
その後の報道でも河野さんが実行者のように表現されていたが、素人があれほどの被害をもたらすガスを抽出できるのかと最後まで疑問に感じた。これは何らかのテロ、おそらく過激派がアジトでガス製造を失敗した可能性を疑った。70年代には過激派がアパートで爆弾製造を誤りアパートを全壊させた事件もあったことから連想だ。
その後、オウムの犯行が究明されなければ河野さんは逮捕された可能性もあった。もっとも、起訴できるほどの証拠と供述を得ることは不可能だった思われる。
さて、雑誌「冤罪ファイル」が刊行されるほど冤罪が多い現代の日本。私の住む豊橋では30年以上前に「豊橋母子放火殺人」での冤罪があった。そして、本年中に最高裁の判断がある思われる「豊川幼児殺害」。豊川事件は唯一の証拠が自白のみであり、それも一審の罪状認否で被告は否認をし、さらに判決も無罪であった希有な例である。
それが、高裁では自白に任意性がないと言えない。ようするに「やっていない人間が、やったというわけがない」と裁判官が判示した。
おい、裁判官を全員、研修でよいから取調室に入れ、刑事が裁判官に自白の強要をさせるトレーニングをさせろよ。
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