|
(百三)
私は早速サッチャンにメールした。
「サッチャン。俺、バロックに連絡取ったよ。バロックは来いって
言ってる。どうする、一緒に行かない?」
サッチャンからメールが返って来た。
「如何為可?」 (どうしようか?)
彼女はまだ『珍文漢文』を懲りずに使っていた。仕方ないので付き
合った。
「何迷?」 (何を迷っているの?)
「何等迷無」 (何も迷って無いよ。)
「再会望無?」 (会いたくないの?)
「点点点」 (・・・)
「由解了。明々後日出発為故、行心算有接、メール送来。」
(よし解った。しあさって出発するから行くならメールして。)
すると、すぐにサッチャンがメールを送って来た。
「行く!バロックに会いたい!」 (&ノ!#Z%?存@H?*&??P\カラ)
「?江ッ?」 (エッ?)
「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。」と芭蕉も記
したように、私もホームレスになってから、片雲の風にさそわれて
京浜を流離(さすら)い、やがてバロックのアパートに移り住んだ
が、「そヾろ神の物につきて、こころ狂わせた」訳ではないのだが
、漂泊の思ひやまず、取ものも手につかず春立る霞の空に、絵筆を
携えて白川の関を越えたいと思い立った。
東京は立ち去る者に未練を起こさせない。それは、共に暮らした
蜘の古巣が張ったアパートも、すぐに取り壊されて新築マンション
に立ち替り、懐かしさを留めぬ位に様変わりすることを承知してい
るからだ。次のひな祭りの頃には、馴染みの家並みも姿を消して、
何れは殺風景な建物に一変することだろう。
そこで、
草の戸も 立て替わる世ぞ 雛までに
麺カップの空を流しに置いて部屋を出た。
明けぼのゝ空は黄砂で朧々として、有明の月など高層ビルに隠れ
て目にしたことなど無かった。花粉の舞うビル壁の通りを抜けて駅
へと歩いたが、東京の雑踏も最早これまでと思うと心が軽かった。
駅では混雑に巻き込まれて前へ進めないほどだったが、私の乗った
電車を通勤客はホームに立並んで見送ってくれた。満員の車内では
花粉症の症状が出て、鼻水が出て涙が止まらなかった。
そこで、
行春や 花粉で鼻たれ 目は泪
私は東京へ再び戻って来ないかもしれないと思い、車窓から早送り
される東京の景色を記憶のマイドキュメントへダウンロードした。
「オハヨ―ッ!」
新幹線の地下コンコースで、サッチャンが元気に手を振っていた。
私は肩に背負ったバッグを前に廻して両手で抱えて駆った。
「ごめん!待った?」
「何言ってんのよ!まだ30分も早いんだよ」
彼女は、話す時は例の「珍文漢文」では無かった。私はサッチャン
の頭越しに奥の時計を見た。確かに約束していた時間より随分早か
った。私はこの頃では予定通りに着けるという幻想を捨て、現場で
時間を無駄にしても早く着く事を心掛けていた。ただ、サッチャン
はそれよりも更に先に着ていた。彼女に切符を渡して、
「元気そうだね。」
そう言うと、彼女は恥ずかしそうに小さく頷いた。
東京駅をゆっくりと離れていく新幹線から、三日前に訪れた秋葉
原が見えた。私はノートパソコンを新しく買い換える為にそこに行
った。そして凄惨な事件があった現場を通って、ある画家の画集を
捜す為に神田の古書街まで歩いた。社会からはじき出された私が
無差別殺人の実行犯に選ばれたとしても何の不思議は無かった。
私の抱えていた絶望は「社会の安楽な生き方」を手引きにしていれ
ば簡単に炎上したに違いなかった。ただ私は私を捨てた社会を捨て
てもいいと思った。私はマニュアルを破り捨て「自分だけの生き方」
を模索していた。そんな時に出会ったのがフリードリヒだった。も
しも影響を受けた画家を一人挙げろと言われたら、迷わずにフリー
ドリヒだと言う。絵画を言葉で説明することほど野暮な事は無いが
、彼の絵を見た時キャンバスの外に何か重大なことが隠されている
のではないかと強い苛立ちを覚えた。それは神の存在だった。彼の
絵とは神が不在の宗教画だった。そしてそれは自分が失ってしまっ
た生きる目的と重なった。ペシミスチックな静謐が支配する世界は
愛や希望などという嘘は自らの羞恥心によって色を失い、ただ実存
という永遠だけが残された。遂に我々は自分達だけでこの世界を生
きなくてはならない。ただ生きる為に睡眠不足のまま通勤したり、
溜まった食器を洗ったり、しつこい新聞の勧誘を断ったり、気の乗
らない仕事を果たさなければならない。やがて自分自身を見失った
まま自分の身体を失ってしまうのだ。人が生きる理由とは何と嘘っ
ぽいことだろう。それに比べて死ぬ為の理由は幾らでも用意できる
。我々は理由が在って死ぬことが出来ても、理由が在って生きるこ
となど出来ないのだ。しかし、僅かばかりでも我々が救いを見出せ
るとすれば、それはこの絶望的な自然の美しさである。まるで神々
は姿を変えて木々に宿っているかのようだ。フリードリヒは神を描
かないことで神を暗示し、そして同時に神の不在をも描いているのだ。
(つづく)
|
「パソ街!」101―105
[ リスト ]



