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(百一)
私は急いで部屋に戻って、「逆光の近遠法」による作画を試み
た。過去の作品に無理矢理近景のシルエットを描き足して、遠く
離れるに従って逆光が薄れる様子を描きたかったが、オブジェが
高層ビルでは全く面白くなかった。しばらく止めていたタバコを
吸いながら「近遠法」について考えていると、サッチャンからメ
ールが来た。彼女は私のことを「アート」と呼ぶ。
「アート、久振。私学校卒業出来!謝々。所デ個展何日?」
何を言ってるのか解らなかったので、
「意味が解らん!」
とメールを返した。
「ごめん!アート、私は学校を卒業できました。アートのお蔭で
す、感謝してます。ところで、個展は何日なの?」
「何だ、さっきのは?」
「私達の間で流行ってる『新漢文』なの。『珍文漢文』とも言う
けど。意味通じなかった?」
「装言割手見場、私理解出来可若」
「何、其?」
「そう言われてみれば、解ってきた。」
「そういう時は、『?言事、理解出来』でいいのよ。漢文じゃな
いんだから。」
「是々、其案外面白沿 。(なるほど、それは案外面白そうだね。)」
「巧!大分良成果ネ、解無時ハ仮名使良 簡単デショ?(うまい
!大分よくなったわネ、解らない時はカナを使えばいいのよ。簡
単でしょ?)」
「是、要日本語文体良可。(うん、日本語の文体でいいんだね。)
」
「是々!醤油事。(そうそう!しょうゆうこと。)」
サッチャンは学校で、中国から学びに来ている生徒と親しくな
り、メールを交わしている内に「珍文漢文」が生まれたらしい。
あくまでも日本語の文体を使うことが基本で、飛んだり返ったり
しない。
「御免!個展終ッ了。」(ごめん!個展終わっちゃった。)
「江ッ!何故教呉無為?」(えっ!何で教えてくれなかったの?)
「江ッ」の『?』(さんずい)は汗っている様子を表すらしい。
私は女社長に嵌まり込んでしまって、サッチャンのことはすっか
り忘れていた。彼女は学校で習った作曲とギターで、一人で復帰
を目指してまた路上から始めていた。元々ヒット曲を出していた
ので人気はあったが、新しい曲作りに苦しんでいるとの事だった
。サッチャンが、
「ねっ、バロックはどうしているの?」
「ん?」
その時、私にある考えが閃いた。
「サッチャン、バロックに会いたい?」
「何、急に?」
「オレ、バロックに会いに行こうと思っているんだけれど、・・
・・・若思良可鱈一緒行可能何?」
「何言解無。」(何言ってるのか解らない)
「サッチャン!もしよかったら一緒に行かないか?」
「点々々々々々々々々々。」(・・・・・・・・・)
私は「逆光の近遠法」を自然の風景をオブジェにして描きたか
った。女社長からも休みを貰っていたので写生旅行に出ようと思
いっていた。すぐにバロックが暮らす限界集落の自然が頭に浮か
んだが、さすがに一人では心許ないので彼女を道連れにしようと
考えた。ところがサッチャンは、
「一寸考続。」(ちょっと考える)
続(つづく)
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「パソ街!」101―105
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