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(九十八)
私がマラソンコースを逆走している頃、バロックのメールが届い
ていた。
「幕末も戦後も、時代が転換する時には多くの血が流れた事を
忘れたらあかん。俺は、戦争に拠ってしか新しい時代は始まらな
いと思ってるよ。つまり、新たにものを掴むにはそれまで握って
いたものを手放すしか無いが、それがなかなか手放せ無い。それ
は新しいものはまだぼんやりとしていて、手放す事への躊躇(と
まど)いがあるからや。手放すと何もかも失うかもしれんしね。
あんたが言う様に、築き上げた文明を手放して『自然に還れ!』
なんて言うつもりは無い。しかし、莫大なエネルギー消費は我々の
豊かな暮らしを補完したけれど、我々はさながらエヴァンゲリオンの
様に不完全な巨人に為ってしまった。つまり、エネルギー循環の
補完計画を怠ってたんや。我々の吐き出したCO2が天上にまで
達して地上を破壊するというのは何と寓意的な出来事やろ。天地
が分けられて以来、空が落ちてくるなど杞憂だと思っていたが、
天に唾をして神を蔑(ないがし)ろにしてきた報いかもしれない。
それでもこの国では、世界中が地球温暖化防止の消灯キャンペ
ーンを行っている時に、ハイウェイ料金が値下げされたといって
車を乗り回しているんや。エコロジーはどうしたんや!かつて政
府は、民主党が無料にすると言った時には環境問題を持ち出して
非難した筈やが?つまり、この国のエコロジーは都合の良い時だ
け深刻に語られるんや。何れ値下げされた料金は消費税に上乗せ
されるのに。テレビのニュースの中で、値下げを喜ぶサービスエリア
の客たちを見ていて、朝四暮三を喜ぶサルを思い出した。さらに、こ
の国の累積債務は1千兆円にも為らんとしてるのに、景気回復を名
目に歯止めが無くなった支出に浮かれている。まるで債務を忘れた
い一心から更に借金を重ねて放蕩に耽っている様に見える。将来の
ことを考えるとゾーッとする。この国が深刻に為る時は注意せなあか
ん。すぐに『喉元過ぎれば熱さを忘れる』んやから。もう戦争の悲惨さ
などとっくに忘れてるに違いない。
水流発電機は、更に改良しようとして何もかも始めからやり直す
ことに為った。それというのも、ゆーさんが発電器をタービンの中に
入れようと決めたからや。それまで発電器はタービンの横にあった
が、本体をもっとコンパクトにする必要があった。彼が言うには、自
然エネルギーを扱う機械は自然環境にも配慮しなければならない
。ところが、風力発電機にしろソーラー発電機にしろ何と不自然な
姿をしているんやろう。山の頂に設置された風車は自然のエネル
ギーを奪う事が出来ても、間違いなく自然環境を破壊している。も
しも、ソーラー発電で日本の技術力が発揮されるならば、是非とも
パネルを小さな木の葉の形にして、それらが集まった樹木の様な
ソーラーパネルを創ってもらいたい。そもそも自然エネルギーはそ
の土地の風土を利用したもので無ければならない。風車は起伏の
乏しいヨーロッパ平原で相応しくても、起伏の激しい日本の風土に
は合わないのではないか。つまり、自然エネルギーの利用とは地
域によって条件が異なりグローバル化が困難なんや。日本にはこ
の国の風土に合った水車の歴史があるやないか。ゆーさんは、や
がてこの国の自然エネルギーは、水流を利用した水流発電機に
集約されるやろうと言うた。
発電器をどうやってタービンに内蔵させるか、重くなったタービン
をどうすれば効率的に回わせるか、その為には水圧がどれ程必要
なんか、その為にはタービンの大きさがどれ位になるのか、その為
には、発電器をどうやってタービンに内臓させるか。俺は全くの門外
漢でそれ以上詳しくは解らんけど、聞いていると生きる意味を見失っ
た者が、答えが再び疑問となり、頭の中で熱を発して何時までもグ
ルグル回り続ける、まるでタービンの様な問答に思えた。人が生き
る事もただエネルギーを撒き散らすタービンの様なものかもしれん。
つまり、何の為に転っているのか解らなくなってくる。ところが、
ゆーさんの娘が、
『家庭の電力消費を賄えないと誰も使わない思う。』
『あっ!』
発電機に拘るあまりすっかり忘れていた事を指摘されて、ゆーさん
の頭の中のタービンは回転を止め、溜まった熱は光になって輝き始
めた。
『そうや、それが基準や。』
ゆーさんの発電器内臓タービン式家庭用水沈方式小型水流発電機
は、再び問題を解決して前に動き始めた。ただ、俺の頭の中で回り
始めたタービンはまだグルグル回っているが。
それでも同じ事を考えている人がいて、発電機内臓タービンは特
許出願がされているらしい。発電量を上げるには、水圧を高める為
にダムの様に浚渫(しゅんせつ)工事をして落差を作ればええんやけ
ど、ゆーさんは、ものものしい工事をして川の様子を変えるのは、自
然エネルギーの本意から外れると言った。その為、これまでの発電
効率を優先した試作品を諦めて水沈方式に決めたんや。ただドボン
と発電機を投げ入れるだけで電気が流れなければならない。しかも
川底に棲む生き物に影響を与えない様に石に似せた細工もする。
それでも、いずれは川底に敷き詰めて集落の電気を賄えるまでに
するつもりや。限界集落で自然エネルギーから電気を賄えれば、
現金収入に脅かされずに自立した暮らしが取り戻せるかもしれない
。電気を自分達の手に入れることは、大袈裟な言い方をすれば、
さもしい国からの独立宣言なんや。」
(つづく)
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「パソ街!」96―100
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