北永劫回帰線

かつて我々は精神であった。ところが、今や我々は欲望である。

「パソ街!」81―85

[ リスト ]

(八十四)

               (八十四)



 目が覚めたのは昼過ぎだった。私は、対談していたホテルを飛

び出しタクシーで馴染みの店に行き、店にある酒を全部飲み干し

た、恐らく。マスターは「もう酒は無いよ!」と言って私のオー

ダーを断り、正体を現した蟒蛇(うわばみ)を訝しく思いながら

私を店から蹴り出した。その後は全く記憶が無く今に至っている

。私は脳移植の手術を受けた患者の様にひどい拒絶反応に頭を抱

えて苦しみながら、果たして本当の自分はどちらなのか解らない

まま、ベットから起き上がって5キロ先にある給水ポイントへ這って

行った。シンクを叩きつける水道の音が神経を逆撫でしたが、そこで

も貯水場を干乾びさせるほどの勢いで鱈腹水を飲んだ。そしてしば

らくそこに佇んで体内のアルコールが薄められていくのを確かめて

いた。やがて移植した脳も程よく私に馴染み、私はめでたく日常を

取り戻した。そして、何気なく先日まで格闘していた二十号の絵を見

た。すると、蔽っていた布が対角線で捲り上げられ、左側の絵の一

部が現れていて、その絵の上に刷毛で大きなバッテンが描かれて

いた。

「ええーっ!」

私はアパート中に聞こえる程の大声を上げた。よく確かめると、

墨の着いた刷毛はベッドの上に転がっていて、シーツの至る所に

もサインを残していた。恐らく酔っ払って自棄になってバッテンを

した後、刷毛を持ったまま寝てしまったのだ。今度は別の理由で

頭を抱えてしまった。さらに、着替えずに横になった一張羅のス

ーツのあちこちも墨だらけになった。そして女社長からプレゼント

されたネクタイまでもが墨で汚してしまった。私は再び、

「あーっ!」

と大声を上げたが、よく見るとそれは元からあるネクタイの柄だった。

 私は絵を蔽っている布を剥ぐって、苦心して描いた、都心の高

層ビル群の作品に残されたバッテンをしばらく見詰めていた。

その絵は、これまでより色を多く使い、墨の濃淡だけの絵とは

随分趣きを変えた彩りのある作品で、作風を変えようと心掛けた

謂わば野心作ではあったが、ただバッテンは野心が過ぎた。水

墨画や日本画は間違いを正すことが出来ない。しかし描き直すに

はもう日にちが無かった。ベットに腰を降ろして大きな溜め息を吐

いて、それから、しばらく放っておいたノートパソコンに手を伸ばし

て何時もの様にネットに繋いだ。バロックからのメールにも応えて

いなかった。すぐにバロックのメールを読んでからメールを返した。

 「しばらく手が離せずにメール返せなくってゴメン。元気そう

なので安心した。君が言ったように世界はどんどんネガティブな

プレッシャーを増しているね。ものごとが良くない方へ向かっ

ていると分かっていても、逃げ出すことも叶わずに流れに押し潰

されてしまうことだってあるんだよね。ホームレスの頃、日雇い

派遣の日給が受け取れずに有り金が底をつき、2月の連休の前日

だったので更に休み明けまで待たなくては為らなくて、そうなる

ことが分っているにもかかわらず、危惧した通りに野宿を強いら

れた。またそんな日に限って気象庁は冬一番の寒波が襲ってくる

と予報しその通り的中して、もうジッとしてられなくて極寒の中

をひもじい思いをしながら死の彷徨をした。そんな風に追い込ま

れると、終いには人は怒りや不満などの感情すら凍てついて、温

かい食い物と寝床を与えてやるからと肩を叩かれて、銃を背負わ

され共に国の為に闘おうと言われたら、恐らくあんたが言うよう

に、固い信念や意志など簡単に融かされてしまうよね。」

 メールを送った後、何気なくバッテンを見ていると、ふっと思

いついた。さっそく、墨を作りバッテンの上から刷毛を使って左

側の絵を塗りつぶした。ほぼ三分の一を真っ黒にして線を引き、

逆光に翳る近景のビルが黒く聳え立っている様子にした。少し斬

新な絵に為ったが、そうするより他に個展に間に合わせる方法は

なかった。さっきまでは、核兵器のボタンが手元にあれば、絶望

のあまり世界を終わらせようと押したに違いなかったが、出来上

がった絵を見てすこし気分が軽くなった。そして、またバロック

にメールした。

 「経済のことはまったく解らないけど、世界的な経済恐慌の原

因は、金融破綻が引き起こしたと言われているが、それじゃあ金

融が正常になれば世界経済は立ち直るのだろうか?僕は世界経済

の行き詰まりこそが金融バブルを産んだと思う。IT革命の後、

IT技術が世界の格差を生み、その格差が世界経済の流れを偏っ

たものにした。資本家の莫大な資金が投資先を失って投機に雪崩

込んだのも、投資に値する将来性のある新しい産業や技術革新が

生まれずに、金融だけがグローバル化したからだ。ばら撒かれた

金は途上国の経済を潤したが、その途上国から再び世界に還流さ

れたものは安価な製品と観光くらいしかなかった。否、もしかし

たら核の拡散もあるかもしれないが。そして安い労働力は先進国の

産業を空洞化し技術力を奪い国内消費を収縮させた。つまり、経

済のグローバル化とは、実態は安いバッタ物商品をグローバル化

させただけだった。ところで、あんたが去年ホームセンターで買

った中国製の電気ストーブはもう故障して使えなくなったからね。」

                                 (つづく)

.
ケケロ脱走兵
ケケロ脱走兵
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(2)
  • toshimi
  • Yuka Shibayama
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事