北永劫回帰線

かつて我々は精神であった。ところが、今や我々は欲望である。

「パソ街!」76―80

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(七十九)

                  (七十九)



 バロックが送ってきた画像の中にバロックが自分で撮った写真

もあった。彼はニット帽を被っていたが襟足辺りから伸び放題の

髪の毛が跳ね上がっていた。顔にも髭を蓄えて、さながらキュー

バのチェ・ゲバラの様だった。それでも穏やかな笑みからは以前

の彼には見られなかった逞しさが感じられた。

 バロックのメールだ。

 「失意は日常を取り戻した頃に襲ってくる。俺は東京を出てか

ら何度も生きる『意味』を失った。母親が中国地方の山間部の出

身で、子供の頃、夏休みには良く連れて行かれた。山間を流れる

渓流には岩魚に似た魚で『ごぎ』という川魚が産卵の為に険しい

急流を遡上する。滝のような激流を越える為にその溜まりで餌を

獲り体力を養って跳ね上がるのだ。その溜まりに手を入れて探る

と簡単に『ごぎ』が手掴みできた。ある時大きな『ごぎ』を掴ん

で喜んでいると、その溜りの中からもう一匹の『ごぎ』が死んだ

様になって浮かんで来た。彼等は番い(つがい)になって遡る為

、メスを失ったオスはただ一匹では生きる意味を失うのだ。俺は

そのオスの『ごぎ』の哀れな姿に心を揺すられて、手に掴んでい

たメスの『ごぎ』を彼に返してやった。それ以来、楽しみだった

川釣りをする気にならなくなった。東京を出た頃の俺はまさにあ

のオスの『ごぎ』のように生きる意味を失ってしまった。

 あんたが、『美』は対象に在るのでは無く、それを観る人の感

性に在ると言ったが、人の『生きる意味』もまたそれぞれの認識

の中に在るのだ。つまり、美しく無いと思えば『美』は成り立た

ない様に、生きる意味など無いと認識すれば生きる意味など無い

のだ。俺はその生きる意味を失って、もう死んでもいいと思った

。そして赤城山の麓の赤木(城)ヶ原の樹海に入った。鬱蒼とし

た山々を彷徨っているうちに格好の洞窟を見つけた。奥は歪に何

処までも続いていたが、中は初秋の肌寒さを凌げるほど温かった

。俺はその暗闇の中でまんじりともせず考えた。果たして『意味

』とはなにか?人は言葉を覚えて言葉によって思考するが、そも

そも言葉によって語られる物事の意味とは全て社会的な『意味』

ではないのか。俺は言葉に拠らない自分を確かめたかった。そこ

で世界に自分一人だけの世界を想像した。暗黒が支配する場所で

やがて場所が消滅し、長い沈黙の間に遂には時間が失われ、そし

て言葉も意味を無くした。唯一人だけの世界は全ての意味が消滅

して、もはや俺は人間でも無く、遂には善悪も無く、理性や美も

意味を失い、やがて生死すら意味を無くした。生きていることを、

死を知らない者がどうやって知るのか。社会性を持たない者には

あらゆる『意味』が消滅する。だから当然自ら死ぬことにも意味

が無くなった。私はただ餓えと恐怖に怯える生き物だ。人が自殺

するのは自らの社会性に殺されるのだ。つまり自殺とは社会的な

死なのだ。何故なら、社会が迫る真実ほど移ろいやすく当てに為

らないものは無いではないか。俺は社会性を棄てることで、自分

を殺さずに、反対に社会性を迫る自分を殺すことが出来た。そして

俺はもう生きる『意味』を問うことは止めた。そして、ヘビとカラスの

後に従って赤木ヶ原の樹海から生還した。」

                                   (つづく)

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