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(六十七)
バロックは、そう遠くない日のカタストロフィー(破局)を信じて止ま
なかった。その原因は、日本にとってはやはり中国だった。そも
そも、13億を超える人口を抱える国が、上手く近代化を成し遂
げられる訳が無い。いずれ持つ者と持たざる者の階級闘争が、中
国共産党が支配する共産主義の国で起こるだろう。そうなれば日
本にも少なからず影響が及ぶと言うのだ。
「十三億やで!十三億!」
来るべきカタストロフィーに備えて、と言う訳ではないだろうが
、彼は街を棄て疎開した。地球上の全ての人々が文明の恩恵に浴
して、空調の効いた明るい部屋で、テレビを見ながら、いつまで
も笑っていられたら何の問題も無いかもしれないが、そんな事に
なったら地球はミラーボールの様に輝いて破裂するに違いない。
地球というパイに67億もの人間が豊かさを求めて群がっている
のだ。人間は地球に寄生して生きているのだから、地球が育む豊
かさを超えて人間が繁栄する筈がない。いずれ地球が破裂するか
、67億人で豊かさの奪い合いの果てに・・・。
「67億やで!67億!」と言いたい。
地球の未来を憂いながら、バロックは、身についた豊かさをダイ
エットしようとしていたのかもしれない。
「世界はリセットしようとしている」、バロックはそう言った。
片方だけのメガネをガムテープで止めた男は、バロックを自分
の軽トラの助手席に乗せてクラッチを繋いだ。バロックは仕方な
く付き合った。それというのも10分も走れば繁華街を抜けて、
すぐに長閑な田園が広がる小さな街だったので「直ぐ着くと思っ
た。」からだ。
「まだ?」
「もうちょっと!」
彼は三回もその質問をしたが、遠くに見えていた山並みの麓のト
ンネルを抜けてからはもう聞かなくなった。「まだ国境は越えて
ないようだった。」軽トラは車一台分の山肌を削った先の見えな
い道を、スピードを落とさずに走り抜けた。やがて、少し開けた
川沿いの二車線の道路を、対向車とすれ違うことなく飛ばして、
川を跨ぐ橋の手前で止まった。「やっと着いた!」と思ったら、
その男は、
「ここからちょっと歩かなあかんのや。」
「えっ!」
「ほらっ、橋が落ちとるやろ。」
見ると、確かに崩れ落ちた橋脚の先は、垂れ下がった橋が途中で
途切れていて、知らずに走ればこの川が三途の川に為っていた。
車を加速してジャンプさせれば、上手く行けば対岸に届くかもしれ
ない程の川幅だったが、今までの勢いで飛ばせば気付かずに渡
れたかもしれなかった。仕方が無いので彼に従い、川岸まで下り
て二本の丸太を渡しただけの橋を超えてから、「なんとっ!そこか
ら小一時間も歩かされた!」らしい。
渓流を遡り、けもの道を断り無く借りて、歩きに歩いて、その男が
「着いた!」と言ったところは、正に廃村だった。
「そらそうやわ、いまどき車も入れん処に誰も住まんわな。」
バロックの「みちのおく」を辿る一人旅は文字通りのものにな
ったようだ。
「分け入っても分け入っても青い山 山頭火(借句)バロック」
その男に連れて行かれた工場は、工場といっても50㎡足らず
の小さなプレハブであったが、「九月」雨を集めて速く流れる渓
流の側にあった。渓谷を荒々しく駆け下った水は、そこでは一息
吐いてべルトコンベヤーで運ばれるように規則正しく流れていた
。バロックは思わず聞いた。
「なんでこんな山奥なん?」
彼も、初めはもちろん人里近くで暮らしていた。そこでは、彼の
ような余所者が、代々受け継いできた用水路や水利権の約束
事を知らずに、道楽半分で、(土地の者にはそう映るのだ)農業
をやりたいと言っても簡単には受け入れてもらえない。田畑を潤
す潅漑用水は、彼等の祖先が苦しみながら子孫に残してきた大切
な財産なのだ。それを知らずに都会暮らしの人間関係に厭いた
からといって安易にIターンしても、そこにはまた同じ人間がいて、
疎んじられて仕方なくV字ターンをして引き返す者も少なくない。
山村はすでに限界集落となって、どうすれば若い者を増やせる
かと悩みながらも、意に添わない余所者に対しては依然として
排他的なのだ。余所者を異端視するのは何も都会だけの事で
はない。更に、彼は勝手に用水路に発電機を沈め、その発電
機が流されて水路を破壊し、水の流れを止めてしまってからは
、正に「村八分」にされてしまった。
「もう、それ以上居れんようになったんや。」
そこで、その男は意を決して、人に関わらずに発電機の開発
に没頭する為に、人里離れた山の中へ移って来たのだ。
(つづく)
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「パソ街!」66―70
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