北永劫回帰線

かつて我々は精神であった。ところが、今や我々は欲望である。

「パソ街!」61―65

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(六十五)

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収容所での尋問から解放されて、私はホテルを出た。女社長は

ポーチまで見送ってくれ、タクシー代を差し出したが、断った。

「歩いて帰りますから。」

どうもそれを信じてもらえなかった。

「歩けるわけ無いじゃない!」

「いつも歩いて帰ってますから大丈夫です。」

「えっ!そうなの?」

私は度重なる無礼を詫びてホテルを後にした。ホームレスに為る

までは、もちろんそんなに歩くことは無かった。ホームレスにな

った途端、気を安んじて落ち着ける場所を無くした。たとえ公園

に居ても人の眼が障って、自分の部屋の様には寛げなかった。仕

方なく場所を変える為に目的も無く歩いていると、歩いている時

だけは気が楽だった。私は、人間は歩けることに気付いた。私の

知っている人は、冬が来るので南の方へ行くと言うので、「何処

へ行っても冬だよ」と言って笑ってしまったが、彼は、「九州まで

行けばちょっとは温いだろ」と言って、驚くことに寝袋を抱えて九

州まで歩いて行った。人は歩いて何処までも行けるんだと知った

時、私は、すごい乗り物を手に入れた気がした。

 街は、早々とクリスマスのイルミネーションで飾られていた。

私は、あの電飾が嫌いだ。ホームレスだった頃、深夜の凍てつく

寒さに堪えられず、身体を動かす為に彷徨っていると、寒さや夜

の静寂にも馴れて平静を取り戻した時に、突如、無数の電飾で彩

られたイルミネーションに行く手を阻まれた。それはまるで、ウ

ルトラセブンの前に立ちはだかる電飾怪獣のようで、幸せ光線を

放射して不幸なホームレスを懲らしめた。その明かりは不遇な者を

拒む冷たい光だった。自分達の幸福を見せびらかして、人の不幸

を嘲笑っているかのようだ。私は抗うことも出来ずに呆気なく自滅

した。

 街は静かだった。我々の背後に忍び寄る不安は、キリストの生

誕を祝うイルミネーションを以ってしても除くことが出来なかっ

た。通りを飾る華やかな舞台に反して、そこで演じられる芝居は

重苦しいものだった。行き交う人の台詞は暗く、誰もが足元を確

かめながら、浮かれないように浮世を渡っていた。

 浮かれたラブソングを唄っていたサッチャンは、浮かばれずに

姿を消した。結構ノリのいい歌だったが、急激に変化した風向き

には合わなかった。彼女は、もう一度学校へ戻って勉強したいと

言って休業宣言をした。とは言っても、彼女の熱狂的なファン以

外はほとんど知らないが。 ただ、バロックは、今何処で何をし

ているのか、全く連絡をして来なくなった。

 クルマもほとんど途絶えた大通りの歩道を歩きながら、老先

生の言ったことを考えていた。

「君ね、日本の文化は接木(つぎき)なんだよ。ずーっと桜でや

ってきたが、明治になってバラの美しさに驚いて、バラを接ごう

とした。」

我が国の文化は、明治より前から接木文化だった。大陸より仏教

が伝われば仏教を接ぎ、儒教が伝われば儒教を接いで来た。幸い

島国であったが故に、我々「有袋」民族は種の保存を存続出来た

が、我々の根幹からは、時に菊が芽を出したり、桜が花をつけた

り、バラが咲いたりするのだ。もしも、移り変わりが世の常だと

としたら、一つに統べることは無用ではないか。確かに、如月の

望月の頃に、バラが咲き乱れるのは無粋ではあるが、百花繚乱の

風情を面白いと、綽々(しゃくしゃく)と眺めることは出来ない

だろうか。この国は至る所で桜とバラが対峙している。たとえば

教育問題で、戦後教育を否定する人々は、デモクラシーも否定し

ているのだろうか?学校教育の場で起きている確執は、儒教道徳

とデモクラシーの接木だからではないのか。それは、国家か個人

かであり、秩序か自由かの対立だ。ただ、クラブチームが無くて

も選手はサッカーが出来るが、サッカー選手がいなければクラブ

チームは潰れてしまう。つまり、国が無くても人は存在するが、

人のいない国など存在しない。だから、人は国家に先行するのだ

。もちろん、近頃の公共道徳を弁えない自分勝手な行動は強く諌

めるべきだが、自由を矯めて国を滅ぼした過去の戒めを忘れちゃ

いけない。道徳教育を推し進めようとする人々は、果たして、ち

ゃんとデモクラシーを担保できるのだろうか?デモクラシーとは

国民主権であり、個人の自由を尊重することだ。それと道徳教育

は折り合いがつくのか。「敬う」ことを強制しても、偽善を強いるこ

とにはならないだろうか。人の感情を「敬う」鋳型に填めたとしても

人の感情は複雑だから「侮る」者も生まれるだろう。権力者として

は、国民が揃って国家を敬うことを願うのだろうが、人間にとって

国家は共生する為の装置でしかない。国は執拗に教育に国旗

・国歌を翳そうとするが、北朝鮮で将軍様の写真を有無を言わさ

ず教室に翳すのと似ていて気持ちが悪い。もう少し「民主的に」

綽々と話し合えないのだろうか。ただ、教師から明らさまな「依

怙贔屓」をされた覚えが残る私には、決して差別的な道徳には

従えない。接木は、桜もバラもその特異性を活かし合ってこそ、

より強い共存共栄が出来るのではないのか。

 星空を覆っていた雲の幕が綻び、綻びを裂くようにして我等が

衛星「月」が満面の笑みで私を覗いた。一千万を超える人々が居

るこの東京で、今、この満月と見つめあっているのは恐らく私だ

けに違いない。つい、今し方まで喧騒の中にあった二十四時間都

市・東京は、疲れを癒すかのようにひっそり閑としていた。暗黒

の中で屹然と輝く望月は、私の歩みに合わせて後退りしながら、

一億数千万キロ彼方の光を私に届けていた。しばらく、彼女と語

らいながら歩いていると、ついさっきまで考えていたことがバカ

らしく思えてきた。我々は何て詰まらない事を言い争っているの

だろう。我々のこうあらねばならないと言い合っていることは、

実は、大概のことはどうあってもいいことなのではないのか。

我々は気付かずに通り過ぎた蟻の穴を、大騒ぎして右と左に割

こうとしているのではないのか。それはまるでフォークの背に乗

せてライスを食べるべきか、腹の方が食べ易いかで言い争いを

している風だった。

 そして、遂に彼女との惜別の時がきた。私は次の角を曲がら

なければならなかった。私は辻に立ち止まってもう一度彼女を

見つめた。すると、彼女もそれを察してか漂う幕を手繰り寄せ

て顔を隠そうとしていた。私はしばらく満月が雲に隠れる様子

を見ていた。そして馴染みの角を曲った。

                       (つづく)

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